★★ 投影の後半は、プラネタリウム生解説による『今夜の星空』です ★★
●企 画 :(財)横浜市青少年科学普及協会 (以下、敬称を省略します)
脚 本 :出雲 晶子 (本人のHPへ)
録 音 :(株)サウンドクラフト
制 作 :(株)五藤光学研究所 ソフト企画部
演 出 :奥木 晋
●ミキサー :波田野宏之
●ナレーター :津久井 教生 (本人のHPへ)
M.オープニング用音楽--タイトル
--歩く猫
E.猫の声
--1998年11月17日 金沢八景近くの海
E.ざわざわとした声
もう夜半をすぎたというのに、海辺に集まった人々は、帰る気配もありません。
いつもと違う夜に、気ままなノラ猫たちもびっくりした様子です。1998年11月17日、この日は、33年に1度のしし座流星群が見られる日と予報されていました。
日本中で多くの市民が、明け方に予想されていた極大時刻を、夜を徹して待ちかまえていたのです。しし座流星群、それは天文ファンにとっては特別な流星群でした。
しし座流星群は、普通の流星群と違い、約33年ごとに1、2年だけしか流星が見られません。
しかし、その見られる年の出現数は、最大で1時間に数十万個、つまり1秒間に三十個以上の流れ星が飛び、それが数十分続くという、すばらしい現象となるのです。その33年に1度が、1998年11月17日今夜であったはずなのですが....
--だんだん夜があけてゆく
E.鳥の声
この日、予報時刻がすぎても、流星雨はついに見られませんでした。
まったく飛ばなかった、というわけではありません。しし座流星群独特の、閃光のように輝く速い流星が、町中でも1時間に10個近く見られました。
特に、18日の午前4時13分に、伊豆半島上空を飛んだ大流星は人々の心に残るものでした。しかし、昨年日本で観測された出現は、伝説のしし座流星群の本来の姿とはほど遠いものだったのです。
なぜ、予報ははずれてしまったのでしょうか。M.状況解説風BGM
--場面がかわり、新聞などが投影される。
昨年の秋、日本中がしし座流星群フィーバーにわきました。アマチュア天文家や社会教育機関が各地でオリエンテーションを開き、しし座流星群の解説書が書店の店頭をにぎわしました。
全国の高校生238チームによるによる共同観測という始めての試みもおこなわれました。--天文台の門
去年の様子を、国立天文台の広報普及室にうかがってみました。
M.音楽なし
室長「いやもう1ヶ月の間にTV出演が**回、講演会が**回、取材が***、当日も取材続きで
忙しくて目がまわりそうでした。」小野「問い合わせの電話が一度に何件もかかり、他の仕事が何もできないほどでした。
仕方がないので急遽しし座流星群専用ダイヤルをつくったほどです。」「それなのに....」
M.暗めのBGM
--場面がかわり、翌日の新聞画面。
「なぜ、しし座流星雨はふらなかったか?」の文字
なぜ、流星雨はふらなかったのでしょうか。
その前に流星群とは何か、について調べてみることにみましょう。M.後半もりあがるようなBGM
--「流星とは?」文字と説明図
流れ星は、太陽系をまわる小さいな小惑星やチリが地球にとびこんで、大気の摩擦でもえあがるものです。
だいたい地上から100km 前後の高さで燃えて光をだしています。旅客機が飛ぶ高さの10倍くらいですね。流れ星になるのはどのくらいの大きさのチリかというと、一番多いのが0.2グラム。クリップくらいの重さです。
--流星の写真
そんな小さな物質が燃えるだけで、地上からあんなにはっきりみえるものなのでしょうか?
--説明図
実は、そのチリが燃えている炎をみているわけではないのです。
流星になるちりは、秒速数十kmで大気につっこんできます。このとき、ものすごいエネルギーが放出され、チリは原子にまで分解されて、プラズマという電気をおびた気体に変化します。
このプラズマが光って見えているのが、私たちが眺める流れ星の正体なのです。長い間流星の発光のメカニズムは謎でしたが、スペクトル観測によって、次第に正体がわかってがきました。--「流星群とは?」の、文字の下に説明の図
ただたくさん流星がみえても流星群ではありません。空の1個所から、花火のように放射状に流れなければ流星群とはいわないのです。
--説明図
もう1つ、花火のようにとぶといっても、このように狭い部分だけにとぶことはありません。空全体に、ほぼまんべんなくとびます。
ですので、観測は、空全体が広く見渡せる方がよいのです。空の少しの部分しかみえない望遠鏡は役にたたず、広い部分が見える肉眼の観測がベストとなるわけですね。
(注:専門家の特別な流星観測では望遠鏡も使われます。)--「なぜ、1点を中心に放射状にとぶのか」の文字
なぜ、星座の中の1点を中心に流れ星が飛ぶという、不思議なことが起るのでしょうか。
--説明ビデオ
雨がふる中に、立っている時のことをかんがえてみてください。
頭の上をみると、雨はどうみえるでしょうか。花火のように、1点を中心に放射状に雨粒が飛んでいるようにみえますね。これは流星群のとび方と同じです。雨粒はみんなそろって、同じ方向,つまり頭の真上から落ちてきます。みんなそろって同じ方向からくるので、放射状にとんでいるようにみえるのです。
--横に説明図もでる
流星群もこれと同じで、流れ星がそろって同じ方向から飛んでくると、私たちには放射状にとぶようにみえます。
しし座流星群の場合は、つまりしし座の方角から私たちの方に流星がとんできているというわけです。M.軽快な明るいBGM
--「なぜ、毎年同じ日にみえるのか」の文字と日時の表
もう1つ、不思議な点がありますね。
ペルセウス座流星群は、8月13日ごろ、ふたご座流星群は12月13日ごろと、毎年同じ日に流星群がみえることです。--説明図
同じ日、とはどういうことでしょうか。
地球は1年かけて、太陽のまわりをまわっています。たとえば9月1日に地球がここにいたとすると、来年の9月1日にもここにもどってきます。
つまり、同じ日に流星群がみえる、ということは、地球がある場所にきたときだけ、流星群がみえるということなのです。そう、そのある特定の場所に流星になるチリがたくさんある、ということなのです。
でも、ある場所にチリのかたまりがじっとしていたら、どうなるでしょう?
それは、太陽の引力にひかれて、あっというまに太陽におちていってしまうことでしょう。太陽におちないようにするにはどうすればいいでしょう?
それは地球やハレー彗星みたいに、太陽の回りをまわって動いていればいいのです。回っていれば遠心力でおちないでいられます。つまり、流星群とは、太陽の回りをまわっているちりの帯なのです。
そのちりの帯がたまたま地球の軌道とまじわっていると、そのとき流星群がみられるというわけです。--くるくるちりの帯が回る説明図
さて、この流星群になるちりの帯は、どうして生まれたのでしょうか。
実は、せっせとちりをまきちらしている天体が、太陽系の中に1種類だけあります。そう、彗星です。--ちりの帯の軌道を彗星がまわっていく。
流星群はいろいろな彗星たちが、まきちらしていったチリでできているわけなのですね。
しし座流星群は、テンペル=タットル彗星という彗星がまきちらしていったチリが正体なのです。しし座流星群の小さいチリの軌道の周期は約33年、テンペル・タットル彗星の周期は、約33.2年。
軌道もぴったりとあっていることがわかっています。--チリのおびがアップ
このちりの帯は、流星群によってタイプがいろいろあります。
毎年コンスタントによくみえるペルセウス座流星群は左の帯、33年に1度だけよくみえるしし座流星群は右の帯です。
しし座流星群は、チリがばらけていなくて一部に固まってあるタイプの流星群なのです。--地球がすすんでいく巨大な図にかわる
11月17日、地球がチリの帯の中にすすんでいきます。
しかし、このちりの帯はかなりムラがあるようです。チリがこい部分にうまく地球がぶつからないと、実は降るような流星雨がみられないのです。チリのこい部分はねじれたリボン状であるという説があります。フラフラと動く細いチリの帯の濃い部分に、うまく地球がつっこむかどうか。
これを予想するというのは、かなり難しいことです。事実しし座流星群も、前回の1966年は流星雨が見られましたが、その1回前の1933年は、大出現が予報されながらも、ほとんど飛ばないからぶりに終わっているのです。
M.静かな美しいBGM
--「1998年、流星はどのくらい飛んだのか」の文字と説明図
さて去年は、いったいどのくらい流星が飛んだのでしょうか?
昨年、日本ではしし座がのぼってくる11月18日日午前1時半ごろから、最もよくとぶ時刻といわれた午前4時半ごろまで、流星の数はあまり変化しませんでした。
普通の人ですと、1時間みていて10個くらい流星が数えられた程度です。ところが、1時間に数百個の流星が観測された時間があったのです。それは11月17日の午前11時前後。観測していたのは、野辺山の電波観測所です。
流星が作るプラズマに、電波が反射することを利用した電波観測でした。しかしこの昼間の大出現は、もちろん目ではまったくみえませんでした。日本で電波の大出現が観測されていたころ、ヨーロッパでは夜でした。
国際流星機構に集まったヨーロッパの報告では、条件のよいところで1時間に260個の流れ星が見られたといいます。
中には、もっと多く数えたという報告もありました。しかし1時間に260個という数でも、まだ本来のしし座流星群ではないのです。
M.クラシック風BGM
--中国のスカイライン
それでは、過去にどのような流星群の予報がなされ、また結果はどうだったのかみてみましょう。
しし流星群と思われる記録は、10世紀頃に中国とヨーロッパの文献に始めて登場します。
それ以来、しし座流星群の記録は、主に中国・日本の歴史書の中で、約33年ごとにみることができるようになります。この年表に、しし座流星群のチリのもとになった、テンペル・タットル彗星の出現記録もあわせてみるとこうなります。
ちょうど彗星が地球軌道に接近する年の前後に、大出現していることがわかります。--古い時代のアメリカのスカイライン
しかし近代のヨーロッパでは、大出現が見られなかったのか、しし座流星群はまったく知られていませんでした。
そこに1799年、突然の大出現が目撃されたのです。
当時の記録を信用すると、1時間あたり5万個、つまり1秒に10個以上の流星が飛んだというのです。
この時は、いったい何が起ったのか、天文学者ですらよくわかっていませんでした。それから34年後の1833年、アメリカで再び大出現が観測され、今度はその流星の飛び方や放射点の移動から、オルムステッドらによって流星群のメカニズムが解明されたのです。
--しし座流星群の出現状況の表
当然それからは、33年ごとにすばらしい流星雨がふると、天文学者らは期待したのですが、実際はごらんのとおり。
世界のどこでもほとんど見えないという年や、昨年の日本のようにいまひとつだった年が何度もあったのです。
天文学者は、流星群の予報のむずかしさを痛感させられました。昨年も、予想ははずれ、とまではいきませんが、条件が最高とされた日本では期待はずれの結果におわり、最もよく飛んだヨーロッパでも最大で1時間に最大260個という中くらいの出現にとどまりました。
M.明るいBGM
さて1999年は、いったいどうなるのでしょう。多くの流星研究者が予報をだしています。
いろいろな数字がでていますが、これらを平均すると、18日午前11時ごろが最もよくとぶ、ということになりそうです。日本は昼ですが、ヨーロッパでは夜の時にあたり、条件がよいとされています。
しかし、昨年の例のように最もよく見える時刻は、予想とずれることが多いのです。
もし予報時刻がずれた場合、日本で降るような流星雨が見られることも夢ではなくなります。では、最後に、流星群観測のポイントを、東京近郊地区流星観測者会の川畑さんにおしえていただきましょう。
「では、流星群観測のコツをお話します。いつ見るかですが、しし座が地平線の上にみえている時間です。
そして月が沈んでいる方が、暗い流星も見えるので有利です。1999年の場合は、月が夜半前に沈むので、それから観測するとよいでしょう。
次に、どこで見るかですが、まず町あかりや街灯がないところがよいでしょう。町明かりがあると見える流星の数が少なくなってしまいます。
それから見晴らしがよい場所、野原や公園などがいいでしょう。
そしてどうやってみるか、ですが、十一月は寒いです。防寒をしっかりしたかっこうで、寝ころんで空をみるとよいでしょう。立って見ると首が疲れてしまいます。
こんなふうに、何人かで楽しく観測するのがよいでしょう。
そして最後に、流星群の予報はたいへん難しいものです。見えたらラッキー!と思って、安全に気をつけて観測を行ってみてください。」M.エンディング用のBGM
--平安時代の京都か奈良のスカイラインがパンする
流れ星は、中国では天狗星と呼ばれていました。
高速で夜空を駆け抜ける不思議な星。それが日本に伝わり、高速で空中をとぶ妖怪となりました。--スカイラインがアラビア砂漠に変わる。遠方にモスク。
アラビアでは、流星は悪い魔物ジンを倒すために、天から放たれるものとされていました。
八月と十一月に、天は悪いジンをこらしめるため、大量の流星をはなつ、というのです。今年の十一月17日夜、月は夜半に沈み観測条件は上々です。
地上の魔物をほろぼす砂漠の神の石つぶて、しし座流星群。
私たちははたしてみることができるのでしょうか?
−−− おわり −−−