
ミールステーションの記録
横浜市内でビデオ撮影された「夜空を通過するミール」 が口径1m望遠鏡でとらえたミールステーションの形F1.8, 1/4秒低速シャッター使用。撮影方法など
2001年3月13日18時35分撮影(3.32MB)
2001年3月13日18時36分撮影(1.73MB。中央上にオリオン座)
2001年3月13日18時36分撮影(1.44MB。上のほうにおおいぬ座シリウス)
2001年3月13日18時37分撮影(5.45MB)
近藤弘之さんが20cm望遠鏡でとらえたこのときのミール。形がわかります。
航空宇宙技術研究所が撮影したミールの形
富山市天文台
2001年3月12日18時43分頃のミールステーション
(MPEG 4.16MB)
2001年3月12日18時43分頃のミールステーション
(MPEG 2.06MB)
H I S T O R Y -- 1997. June 25 〜 2001. March 23
衝突されたスペクトル・モジュール
(左下のスペクトル・モジュールの太陽電池板に穴が開いているのが見える。スペースシャトル (STS-86) から撮影)☆ ミール全体の写真(大判 186KB; 各部の名称1、2 )
写真左にのびているのが「スペクトル・モジュール」。この写真は1995年のミールですので、1996年にドッキングした「プリローダ・モジュール」は写っていません。現在、全体の大きさは約33m、重さ約130tです。(Photo Credit: NASA)
いろいろな角度から見るミール(ミールの絵の枠内で、右クリックすると見方のコントロールができます)
こちらのページには、有人宇宙船「ソユーズ」をいろいろな角度から見る項目があります。
ミールの各部(知りたい部分をクリック)
★ 「ミール」はロシア語で「平和」を意味することばです ★
1986年2月20日06時28分23.006秒(日本時間。以下同じ)にバイコヌール宇宙基地(北緯46度04分、東経62度59分、 地図)から打ち上げられて以来、地球を回り続けているロシアのミールステーション(もともと、5年間の飛行を前提に設計されたものです)で、1997年6月25日18時18分頃、衝突事故がありました。自動的にミールとのドッキングを行うシステムが不調になる事態がこれまで何度も起こっていたため、手動遠隔操作によるドッキングシステムのテストが行われました。 ミールにドッキングしていた無人貨物宇宙船プログレスM−34(1997年4月7日に打ち上げ)をいったんミールから離し、手動システムで再ドッキングさせようとしたのです。
ところが、プログレスの動きがコントロールできなくなり、ミールの別部分にドッキングしているスペクトル・モジュールにぶつかってしまったのです。スペクトル・モジュールに付いている太陽電池板に縦横30cm x 40cmほどの穴があき、同モジュールの放熱装置もこわれました。さらに空気がもれはじめ、スペクトルにつながるとびらが急いで閉じられました(スペクトルの太陽電池板からのケーブルも切らざるを得ませんでした)。その後スペクトル内は真空になったもようです。
幸いミールにいた3人(ロシアの宇宙飛行士2人とアメリカの宇宙飛行士1人)は無事でした。電力も半分に落ちてしまったため、かなりの節電を強いられています。衝突時に、毎秒1度の回転を始めたミールも安定した姿勢を取り戻しています。
非常時には別にドッキングしている3人乗りの有人宇宙船ソユーズTM-25で脱出することになっていますが、そのような事態には到りませんでした。
7月5日には、別の貨物宇宙船プログレスM−35が修理に必要な機材などを積んで打ち上げられ、7日にミールとドッキングしました。11日頃、スペクトルからの電源ケーブルを接続する船内作業が、宇宙服を着た状態で行われるもようです。
任務の済んだプログレスM−34は7月2日に大気圏に突入し分解しました。
11日頃に、2人で船内作業が行われる予定でしたが、船長の心臓の具合が悪くなったため、8月6日0時35分54秒にソユーズTM-26で打ち上げられた別の飛行したちが修理作業を行います。ソユーズTM-26は、8日02時02分08秒にミールにドッキングしました。(これまでミールに滞在していた2人のロシアの宇宙飛行士は8月14日21時14分に地上へ帰還しました。アメリカ人宇宙飛行士は9月にドッキングするシャトルで帰還します)
8月18日には、突然ミールの中央コンピューターが停止するという事態が生じました。原因は、姿勢制御装置と中央コンピューターを結ぶデータ処理装置でした。一時的に姿勢制御不能になりましたが、ミールにドッギングしているソユーズTM-26の推進システムの助けをかりて姿勢を立て直しました。
19日には問題のデータ処理装置の交換が済んでいます。8月22日に電力回復のための船内作業が行われました。スペクトルからミールに通じるハッチを、スペクトルの太陽電池板からのケーブルが通せる特別製ハッチに改め、4時間半にわたる作業が23時30分に完了しました。9月6日10時07分から6時間にわたり、スペクトルにあいた穴の箇所を見つける船外作業が行われましたが、肉眼では穴を見つけることはできませんでした。そのときのビデオ記録映像が後日詳しく調べられる予定です。
ABCニューズなどによりますと、1997年9月16日05時30分頃、日本付近上空で、ミールとMSTI-2というアメリカの軍事衛星が数百m〜1km程度まで接近したということです。(そのときのMSTI-2の位置(SatTrackで作図); 同様にSTRACKで作図したミールの位置とMSTI-2の位置。日本時間05時30分から40分までの位置)
ミールの姿勢制御がときどき不調になっていましたが、1997年9月末〜10月はじめにかけてミールにドッキングしたスペースシャトルによって、新しい姿勢制御用コンピューターも運ばれ、これに交換されました。
このときのシャトルは、ミールから離れた後、破損した「スペクトル・モジュール」を近くから観察しました。ミールからはスペクトルに空気を送ってみたところ、破損を受けた太陽電池板のつけね付近から、細かい粒子のようなものが吹き出したということです。このあたりに穴があいているようです。
1997年11月3日と6日に行われた船外活動で、クヴァーント-1・モジュールにつけられていた太陽電池板が新しいものと交換されました。これにより、ミールの電力は、通常のレベルに近い水準まで回復しました。ミールの太陽電池板10枚のうち、8枚が十分に機能しており、1枚は出力が不足気味で、もう1枚はプログレスとの衝突事故で破損しています。
1997年12月17日15時01分53秒には、使用済みのプログレスM-36を切り離しました。16時35分、ミール船内からの遠隔操作で動きまわるビデオカメラ「インスペクター」をプログレスから放出しました。まずは、プログレスの周囲をまわり、18日になるとミールの周囲を動く予定でした。(「インスペクター」の動き)
残念ながら、姿勢のコントロールがうまくいかず、数時間後にテストが中止されました。うまくいけば、ミールから100〜150mまで接近し、ミールの1cm大のものまで撮像できたことでしょう。さらに機能をアップされた「インスペクター」が、国際宇宙ステーション建設で使用される予定です。1998年1月30日01時33分42秒、ロシアの宇宙飛行士2人(タルガ・ムーサバーイエフ船長とニコライ・ブダーリン飛行技師)とフランスの宇宙飛行士1人(レオポール・アイアールさん)の計3人をのせたソユーズTM-27が打ち上げられ、2月1日02時54分30秒にミールにドッキングしました。
1997年8月からミールに滞在していたロシアの宇宙飛行士アナトリー・ソロビヨーフ船長とパーヴィル・ヴィノグラードフ飛行技師らは、上記フランス人宇宙飛行士とともにソユーズTM-26に乗り、1998年2月19日14時52分にミールから離れ、17時16分地球周回軌道から離れ、18時10分30秒、カザフスタン共和国アルカイク市の近くに着地しました。
現在、ミールには、ロシアのタルガ・ムーサバーイエフ船長、ニコライ・ブダーリン飛行技師、そしてアメリカのアンディ・トーマスさん(1月にシャトルから移乗)の3名が滞在中です。
1998年3月14日22時45分55秒、食料、飲料水、燃料、機器などを積んだ無人貨物宇宙船プログレス-M38を打ち上げました。17日09時31分にミールにドッキングしました。
プログレスとの衝突で破損したスペクトル・モジュールの太陽電池板の補強が、1998年4月6日20時27分〜7日00時50分の船外活動で行われました。長さ1.5mの補強材がとりつけられました。
1998年4月11日18時55分〜12日01時20分にかけての船外活動では、クヴァーント-1・モジュールからのびている「ソフォーラ」というマストの先についているVDUという推進装置(燃料がなくなっていました。これでミールの向きを変えます)をとりはずし、21時35分、軌道上に廃棄しました。(1年ほどで大気圏に突入し燃え尽きるでしょう)
1998年4月22日14時34分〜20時55分にかけての船外活動で、新しいVDUがマストの先にとりつけられました。
1998年8月13日18時43分11秒、有人宇宙船ソユーズ-TM28が、打ち上げられました。乗員は3名(ジェナディ・パダールカ船長、セルゲイ・アヴデーエフ飛行技師、ユーリー・バツーリン元大統領顧問)。ソユーズTM-28で打ち上げられた3名の写真(左から、ユーリー・バツーリン、ジェナディ・パダールカ船長、セルゲイ・アヴデーエフ技師)
8月15日19時56分、ミールとドッキングしました。
1998年1月29日にソユーズ-TM27で打ち上げられ、2月1日からミールに滞在していたロシアの宇宙飛行士2人(タルガ・ムーサバーイエフ船長とニコライ・ブダーリン飛行技師)は、今回の2名と交代し、バツーリンさんとともに8月25日に地球に帰還しました。(8月25日11時05分、ソユーズ−TM27でミールを離れ、同日14時23分、カザフスタン共和国アルカイク市の近くに着地しました)
1998年10月25日13時14分57秒、食料、飲料水、燃料、機器などを積んだ無人貨物宇宙船プログレス-M40が打ち上げられました。今回のプログレスには、しし座流星群の流星物質を調べるための装置(船外にとりつけます)や、プラスチック膜でできた直径約30mの巨大な鏡(重さはたった4kgほど)も積まれています。この鏡は、1999年2月、ミールから離れた際に展開され、地上を照らす実験を行います。(この「ズナーミヤ2.5」の実験についてはこちらをごらんください)
プログレス-M40は、10月27日14時43分42秒、ミールにドッキングしました。1998年11月11日04時24分から10時18分に行われた船外活動では、17項目の作業が行われましたが、そのひとつが、1957年に打ち上げられた初の人工衛星の模型を軌道に放出することでした。
また、しし座流星群の流星物質を採取する装置も船外にとりつけられました。11月18日04時43分頃と予想されるしし座流星群極大時の頃、宇宙飛行士たちは、ミール全体の最も長い部分(プログレス+クヴァーント1+ミール本体部分)によって流星物質の衝突から守られるよう、その先端にドッキングしているソユーズ-TM28に避難します。その間、121.750MHzの周波数で状況を報告するようです。
SpaceNewsの1998年12月28日号によりますと、1998年12月12日以来、週末や休日に、SSTV(slow-scan television)というアマチュア無線を使った静止画電送方式によって、 宇宙から見た地球のようすや船内のようすなどがミールから送信されているそうです。(地上で受信された画像例1; 2; 3; 4; 5; 6; 7; 8)SSTV用機材は10月のプログレスで運ばれました。
SSTVについては、こちらに資料へのリンクがあります。1999年2月4日、無人貨物宇宙船プログレス-M40を切り放した際、直径約25mの巨大な鏡を展開する実験が行われる予定です。(詳しくはこちら)
1999年2月20日13時18分01秒、ソユーズ-TM29(7120 kg)が打ち上げられました。ロシアのヴィクトール・アファナーシェフ船長、スロバキア人宇宙飛行士イヴァーン・ベラーさん、そしてフランス人宇宙飛行士ジャン=ピエール・エネールさんがミールに向い、22日14時36分16秒にドッキングしました。
6日の滞在後、ベラーさんは長期滞在していたジェナディ・パダールカ船長とともに、 ソユーズ-TM28に乗り、2月28日07時52分にミールを離れ、11時14分、ガサフスタン共和国アルカイク市の北58kmに着陸しました。 (帰還した2人と回収されたカプセルの写真)長期滞在していたセルゲイ・アヴデーエフ技師はさらに滞在をのばし、エネールさん、アファナーシェフ船長らとともに1999年夏までミールに滞在する予定です。
1999年後半には、ミールを廃棄するというロシア-アメリカ間の非公式合意があったのですが、1999年1月22日、ロシアのプリマコフ首相(当時)は、さらに3年間、ミールを延命させる命令書に署名しました。 そのための予算はロシア政府外から出るということですが、予算の出所は明らかにされませんでした。ロシアが、ミールと国際宇宙ステーションの2つを同時に維持していくことができるのかが注目されます。
この決定にともない、上記の3人の宇宙飛行士は1999年8月28日に帰還することになります。ところが、再び、ミールの延命が暗礁にのりあげました。明らかにされていなかった「予算の出所」が予算を出さなくなってなってしまったと、2月11日に報じられています。
それでも、ロシアの衛星打ち上げ会社「エネルギア」の責任者は、一時的に無人状態になっても、2000年になるまで軌道上に維持する、と述べています。1999年4月2日20時28分43秒、無人貨物宇宙船プログレス-M41(7180 kg)が打ち上げられ、2日後の21時50分にミールにドッキングしました。食料、飲料水、燃料、機器など2433kgを積んでいます。
4月16日に行われた船外活動では、1998年11月11日に行われた船外活動で とりつけられたしし座流星群の流星物質を採取する装置(フランス製)が回収されました。宇宙服の換気装置の不具合を調整するのでよけいな時間がとられてしまい、また、宇宙船に開いた穴をふさぐ道具のテストで、接着剤を入れた容器が開かず、テストができませんでした。時間がたらなくなり、ミール周囲の放射線量を調べる「スプルート」(ロシア語で『タコ』の意味)という装置の取り付けもできなくなりました。1957年に打ち上げられた初の人工衛星の新たな模型は、今回の船外活動の最後に、宇宙飛行士の手で軌道に放出されました。
1999年6月1日、ロシアは、運用資金のめどがつかないことから、1999年8月に、現在ミールに滞在している3人の宇宙飛行士たちを8月に帰還させ、その後ミールを無人のままにすることにすると決定しました。6月1日現在、ミールは、地上約380kmの高さをまわっていますが、希薄な大気の抵抗によって軌道が200km程度までさがった段階で、地上から遠隔操作でミールにドッキングしているプログレスの推進システムを使って、太平洋上に安全に落下させる計画です。その時期は、2000年2月〜3月くらいになりそうだ、ということです。
このための無人宇宙船プログレスを打ち上げることができなくなると、安全に落下させることが難しくなります。あと数カ月間のうちに、企業などからの資金提供(1年間維持するのにおよそ300億円必要と一時期いわれていましたが、最近では50億円でもよいと値下がりしています)がもしあれば、ミール復活の可能性もあります。ミールは、まだ数年は使用できる、とロシア側では説明しています。
ミールをなんとか救おうと、ロシアの下院議員でもあるベテラン宇宙飛行士ら(セヴァスチャーノフ・イヴァーノヴィッチさんやティトーフ・ギヨーギヴィッチさん) は、広く内外に募金運動を呼びかけ始めました。
1999年で43歳の、セルゲイ・アヴデーエフ技師は、1998年8月13日に打ち上げられたわけですが、それ以前に2度ミールに滞在しています。
これまで、ひとりの宇宙飛行士の積算宇宙飛行記録(何度か飛行をした合計)は、ワレリー・ポリャーコフさんの2度のミール滞在による678日16時間33分でした。1999年6月21日、ついにセルゲイ・アヴデーエフさんがその記録をやぶり、積算宇宙滞在記録を日々更新しています。8月28日には他の2人とともに地上に帰還する予定です。(セルゲイ・アヴデーエフさんの写真)1999年7月17日01時37分33秒、無人貨物宇宙船プログレス-M42が打ち上げられ、2日後の19日02時53分にミールにドッキングしました。食料、飲料水、燃料、機器など1256kgを積んでいます。8月にミールが無人になったあとも、ミールの制御が可能になるという装置も積まれていました。
1999年8月11日、ミールから見た日食(月の影)
Image: CNES
http://antwrp.gsfc.nasa.gov/apod/ap990830.htmlより
ロシアのヴィクトール・アファナーシェフ船長(51歳)、セルゲイ・アヴデーエフ技師(43歳)、そしてフランス人宇宙飛行士ジャン=ピエール・エネールさん(51歳)の3名は、ソユーズ-TM29に乗り、8月28日06時17分にミールを離れ、同日09時34分34秒にカザフスタン共和国に着地しました。セルゲイ・アヴデーエフさんの積算宇宙滞在記録(これまでの飛行時間の合計)は、747日14時間11分となりました。(セルゲイ・アヴデーエフさんの写真)
ミールを太平洋の安全な海域上の大気圏に突入させるため、2000年2月〜3月頃、有人宇宙船(2名の予定)と、さらに無人宇宙船がミールに送られ、 最終段階の調整に入ります。無人宇宙船の推進システムを使ってミールの軌道を徐々にさげていきます。宇宙飛行士たちは、実験装置などを回収したのち、軌道が200kmほどの高さになった時点でミールから離れ地上への帰還に向かいます。さらに無人宇宙船の推進システムを使ってミールの軌道を大きく下げ、太平洋上の大気圏に突入させる予定(4月上旬頃)です。もう、使われなくなっていたミールの飛行を、さらに継続させたいというアメリカ企業が現れました。「ゴールデン・アップル」という会社は、飛行継続のため、2千万ドル(約20億円)を2000年3月末までに支払うということです。これが実現すると、3月にはミールの有人飛行が再開しそうです。
1月20日にロシア政府の了解が得られましたので、ミールの有人飛行再開となる運びです。2月1日に、まず無人の貨物宇宙船プログレスが打ち上げられ、その2日後には
ミールとドッキングします。そして3月30日にはロシアの2人の宇宙飛行士(セルゲイ・ザレーチンさんとアレクサーンドル・カレリーさん)がソユーズ-TM30でミールに向かうことになり、有人飛行が45日〜72日間続きそうです。その後、打ち上げ予定は4月4日に変更されました。 1月20日、ロシア政府は、ミールを2000年8月まで軌道に維持することを決定しましたが、その先の資金的なめどがたたない場合には、それ以降ミールを廃棄することになるようです。
2人の宇宙飛行士に、ロシアの有名な俳優であるウラジーミル・ステクローフさんが同行するかもしえない、というニュースもありましたが、結局費用上の問題で折り合いがつかず実現しなかったようです。宇宙ステーションを舞台にした映画を、実際の宇宙ステーションで撮影するというアイデアが3年前からロシアの監督、ユーリー・カーラさんから出されていました。
2000年2月1日15時47分23秒に、無人の貨物宇宙船プログレスM1-1(打ち上げ時の重さ7250kg)が打ち上げられました。その前の週には、地上からの遠隔操作で、ミールの制御用コンピューターやジャイロスコープを起動させています。これにより、ミールのゆっくりした回転も止まり、太陽電池板が太陽に向くようになったようです。2月25日19時頃には、クヴァーント-1・モジュールにドッキングしていた無人貨物宇宙船プログレス-M42の推進システムを使って、軌道をすこし上昇させています。(新しいプログレスが同じ場所にドッキングするため、プログレス-M42は、2月2日12時11分52秒に切り放され、15時10分40秒に軌道を離脱し太平洋上の大気圏へ突入していきました)
プログレスM1-1は、2月3日17時02分20秒に、ミールに自動モードでドッキングしました。ミール船内のどこかに、わずかな空気もれがあるらしく、平常の70%くらいまで気圧が落ちています。今回のプログレスには、水や燃料のほか、十分な酸素も積まれています。打ち上げ2日後の2月3日17時02分20秒、ミールとドッキングしました。このプログレスの推進システムも使用して、ミールの軌道を40〜60km上昇させる予定です。
2000年2月17日、オランダのアムステルダムを拠点とする、ミールコープ社(MirCorp)は、ロシア側と合意し、ミールを商業利用のため賃借することになりました。ミールコープは、ミール利用者との橋渡し役をつとめるわけです。(ミールコープ経営陣)
2000年4月4日、14時01分29秒、バイコヌール宇宙基地(北緯46度04分、東経62度59分、地図)から、ロシアの2人の宇宙飛行士(セルゲイ・ザレーチンさんとアレクサーンドル・カレリーさん。2人の写真)がソユーズ-TM30で打ち上げられました。2日後の、4月6日15時31分、ミールにドッキングしました。6月16日まで滞在し、ミールをフル稼働状態にします。ミール内の空気もれの場所がみつかりました。数日間にわたり、各モジュールを点検したところ、スペクトル・モジュールに通じるハッチから、空気がもれるかすかな音がきこえたということです。(スペクトル・モジュール内は、プログレスとの衝突事故以来、空気がない状態のままで封鎖されています)栓をしたあと、船内気圧は安定しているそうです。
プログレスM1-1のエンジンを使って、4月16日09時43分と17日10時00分に、ミールの軌道が少し上昇されました。
燃料、食料、飲料水、酸素など2037kgを積んだプログレスM1-2が、4月26日05時08分02秒にバイコヌールから打ち上げられました。28日06時28分47秒、ミールにドッキングしました。
5月12日19時44分から24時36分までの4時間52分間にわたり、船外活動が行われました。1997年6月のプログレスとの衝突事故で生じたと見られる小さなすきま目をふさぐ試みが行われました。特別につくられた接着剤が使われましたが、すきまの場所も特定できていないはずですので、うまくいったのか不明です。
少なくとも、今後の国際宇宙ステーションのための経験として役立ちそうです。太陽方向に正しく向けられなくなっていたクヴァーント-1・モジュールの太陽電池板を調べたところ、太陽電池板の向きを変える装置へのケーブルが数カ月前にショートしていたらしく、焼けこげているのがみつかりました。したがって、この太陽電池板は使えませんが、ほかにも太陽電池板がいくつもつけられているので、大きな障害にはならないようです。
そのほか、老朽化の具合を専門家がチェックするために、船体各部の写真撮影などが行われました。2000年6月16日06時24分23秒にミールから離れた ロシアの2人の宇宙飛行士(セルゲイ・ザレーチンさんとアレクサーンドル・カレリーさん)は、6月16日09時44分、ソユーズ-TM30のカプセルでガサフスタン共和国アルカイク市の南東45kmに着陸しました。(関連写真・記事)
次回、ミールを訪れる宇宙飛行士は、2000年11月30日の予定です。2001年6月頃には、以前NASAのジェット推進研究所につとめていた科学者であったビジネスマン、デニス・ティートウさん(59歳)が、ミールに1週間から10日間ほどの滞在をする予定もあり、ティートウさんはロシアで、宇宙飛行のための検査やトレーニングを行っています。(関連ニュース:1、2)
アメリカのテレビ番組では、12人以上のアメリカ市民にロシアの宇宙飛行訓練を受けさせ、最終合格者ひとりを、2001年後半から2002年前半の期間にミールに送る企画を立てています。(関連ページ)
軌道を維持するための燃料や次回滞在予定の乗員向け物資を積んだプログレスM-43が、2000年10月17日06時27分06秒にバイコヌールから打ち上げられました。燃料節約のため、(軌道修正用エンジンではなく)姿勢制御用スラスターをふかしてミールに接近するため、通常なら2日しかかからないところを、4日かかってミールに接近、21日06時16分にドッキングしました。(資料: 1、2、3)
10月25日、ミールにドッキングしているプログレスM-43のエンジン点火により、ミールの軌道が14kmほど上げられました。
2000年11月16日のロシアの閣僚会議で、ミールを2001年2月27日〜28日、オーストラリア東方1500〜2000kmの海域上空に突入させ廃棄すると決定しました。1月に貨物宇宙船プログレスをドッキングさせ、2月に、そのエンジンで大気圏に突入させるはこびです。その準備に、有人宇宙船が1度向かうかもしれません。
ミールコープ社(MirCorp)との資金的な折り合いが結局つかなくなったもようです。ミールコープ社では、正式な通知を待っているということです。(12月30日、ロシア首相がミール廃棄の行政命令書に署名)
ミールの破片はおよそ長さ6000km、幅200kmにわたって散乱すると予想され、海上に落下するものもあるようです。(関連ページ: 1、2 )
2000年12月上旬、モスクワでミールコープ社の重役会議が開かれ、ミールコープ社による今後の宇宙活動について重要な決定がなされました。
ロシア政府のミールステーション廃棄の決定により、ミールコープ社はミールステーションを使った商業活動に見切りをつけることにしました。かわって、同社は、ロシアの宇宙船製造設備の商業利用や国際宇宙ステーションの支援設備の開発などを計画しています。(詳しくはこちら)
2001年6月頃には、以前NASAのジェット推進研究所につとめていた科学者であったビジネスマン、デニス・ティートウさん(60歳)が、ミールに1週間から10日間ほどの滞在をする予定があったのですが、これでその可能性はなくなりました。
でも、ロシアのソユーズ宇宙船で2001年4月30日に、国際宇宙ステーションにいくかもしれない、というニュースもあります。(無重量状態の訓練中のティートウさんの写真。関連ニュース 1、2、3、4 )2000年12月26日0時40分から約20時間にもわたり、地上の飛行管制センターとミールとの通信がとれなくなっていました。
通常は、1日に1度か2度、ミールとの通信をとることになっているのですが、12月26日には90分毎に通信が試みられましたが、なかなかうまくいくませんでした。今回、一時的に通信が途絶えていた原因は不明ですが、2度と通信がとれないようなことになりますと、軌道の上げ下げも遠隔操作ではできなくなり、2001年1月末頃には、かなり軌道がさがり、なりゆきまかせで大気圏に突入してしまうところでした。安全な海域上空で大気圏に突入させるには、遠隔で操作を行い、方向を正確に定めてエンジンに点火するため、地上との通信が確立していることが必要です。ミールの向きを正確にコントロールする「ジャイロダイン」という装置が正常に働くかどうかも重要です。(ジャイロダインに関する参考ページ:1、2、3、4、5 )
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(ミールに運ぶため、1996年3月のスペースシャトルの貨物室にあったジャイロダインの写真。いずれも飛行中の写真)
Photo Credit: NASA
当初の予定では、2001年1月18日15時56分、無人の貨物宇宙船プログレスM1-5を打ち上げ、なるべく燃料を消費しないよう4日かけて接近していき、22日16時50分にミールにドッキングさせることになっていました。
しかし、ミール側に問題があり、打ち上げが延期になりました。1月24日13時28分40秒の打ち上げ予定になり、ミールとのドッキングは27日17時30分頃になるみこみです。クヴァーント2・モジュール内の温度コントロールが不調になっており、同モジュール内の温度が高くなったことが原因のようです。これにより、バッテリーの能力が低下し電圧が27ボルトより下がってしまったため、電力消費の大きいジャイロダインの運転(クヴァーント1とクヴァント2の2つのモジュールそれぞれに6個のジャイロダインがあり、合計12個になりますが、実際に機能しているのは10個のようです)をコンピューターが自動的に停めてしまったと見られています。
1月18日以降、電力消費を抑えるため、メインコンピューターのスイッチを停めていました。(3月12日に再起動がかけられました)
2000年10月17日に打ち上げられた プログレスM-43が、まだミールにドッキングしていますが、 プログレスM1-5が打ち上げられて24時間以内にミールから離れます(ドッキングする場所をあけるため)。
M1-5が正常にドッキングするまでは軌道上にとどまります。もし、M1-5のドッキングがうまくいかない場合、宇宙飛行士たちがやってくるわけですが、食料などがM-43に積まれているためです。燃料2677kgを積んだプログレスM1-5は、2001年1月24日13時28分42秒に打ち上げられ、ミールとのドッキングは27日14時33分31秒でした。
そのドッキング前、1月25日14時19分49秒にプログレスM-43がミールから離れ、26日11時12分にエンジンをふかしブレーキをかけ、11時58分、大気圏に突入しました。
プログレスM1-5とミールとのドッキング後、ただちに地上から指令がミールに送られ、ゆっくりした回転が与えられました。回転による角運動量保存則で姿勢が安定するため、燃料を節約できることや、太陽電池板に等しく太陽光をあてることが目的です。
いぜんとしてクヴァーント2・モジュール内の温度コントロールが不調で室温は40度になっています。(1月25日現在)
2001年2月20日、ミールは、打ち上げから15年目を迎えました。この日、ミールの平均高度は275kmであり、この頃、1日に平均790m下がっていました。3月10日には、平均高度が250kmに達しました。
ロシア国内では、なんとかミールを救おうという動きもあります。ミール打ち上げ15周年を迎えた直後の2月21日、ロシア下院議会では、ミールを廃棄しないよう大統領に要請する決議案が通過しました。もと宇宙飛行士の議員らの運動が功を奏したものと見られます。 (資料: 1、2、3、4、5、6 )
3月21日には平均高度が220kmに達し、ドッキングしているプログレスのエンジンを使って、3月23日には3回に分けて軌道を下げ、大気圏突入に誘導しました。(1回目09時32分、2回目11時00分、最終回14時08分)
その結果、14時55分には高度50kmを通過、56分前には高度39kmとなり、14時58分、南太平洋上、南緯40度西経160度付近を中心とする海域に落下しました。
大気圏突入時、フィジーでは5、6個の物体が尾をひいて飛んでいく光景が10〜15秒目撃され、しばらくして2度のソニックブームが聞こえたという報告があります。撮影された映像 : 1、 2、 3、 4、 5当初は軌道高度250kmになったらプログレスのエンジンを使ってブレーキ操作を始める予定でしたが、燃料を節約して重要な段階に余裕をもたせるため、さらに低い軌道まで大気によるブレーキで自然降下させることにしました。
もし、ミールの制御ができない事態になった場合には、大気によるブレーキでしだいに高度がさがっていき、3月末〜4月1日頃大気圏突入になるはずでした。
1月18日以降停止させられていたメインコンピューターが3月12日に再起動をかけられました。このメインコンピューターが、ミールの向きを正確に制御するジャイロダインの働きに必要になります。
大気圏突入により、高度約100kmでミールは分解し始め、最大約700kgもの破片を含む1500個もの破片(計約20〜25トン)が海面まで達すると見られていました。大気圏突入は南緯47度、西経141度付近と見られ、破片は進行コースに沿い幅約200km、長さ6000kmの範囲に散乱するといわれていました。
ミールの大気圏突入アニメーション(約4MB)
Credit: Analytical Graphics, Inc. (http://www.stk.com/)
ミール以前に飛行していたロシアの「サリュート7」(約40トン)は、燃料不足で落下の制御ができなくなり、1991年2月7日13時頃、南緯34.9度、西経63.8度のアルゼンチン上空付近に落下し、一部が地上にまで達しました。現地時間では午前1時頃にあたり、南西から北東方向に向かう多数の明るい流星が目撃されました。幸いけが人はありませんでした。(資料:"Janes's Space Directory 1995-96" 他 )プログレスのドッキングがうまくいかないなど、必要な場合に備えて、2月10日、有人宇宙船ソユーズで、ジェナディ・パダールカ船長とニコライ・ブダーリン飛行技師がミールに向かう準備も進められていました。
(資料: 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19 、20、21、22、 23、24 )
これまで、ミールには、12カ国、125人の宇宙飛行士が滞在しました。(資料)
ミールの軌道変化
2000年3月1日〜2001年3月23日の軌道高度変化。
下の方ほど大気密度が濃くなるので、次第に降下がはやまります。
赤が、軌道上最も地表に近いところまでの高さ。近地点高度
青が、軌道上最も地表に遠いところまでの高さ。遠地点高度
緑が、平均高度。いずれもkm。
MJDというのは1858年11月17日から何日経過したか、という日付です。MJDであらわすと、経過を計算するのが楽です。(単純に引き算だけ) MJD 51600 は 2000年2月26日, 51700 は 6月5日, 51800 は 9月13日, 51900 は 12月22日, 52000 は 2001 年4月1日です。
MJDと通常の日付との変換
MJDと通常の日付の換算表
2000年4月29日に、プログレスM1-2のエンジンによりミールの軌道が上げられ、
2000年10月24日には、プログレスM-43のエンジンによりミールの軌道が上げられています。(プログレスMとプログレスM1)
約10年間の軌道データ(その見方と詳しい説明)
ミールの最近の軌道データ
ミール軌道レポート
ミールウォッチ
ミール落下時のコース予測
例えば、 1997年6月25日にミールと衝突事故を起こしたあのプログレスM-34を、1997年7月2日に大気圏突入させたときとよく似たコースになるでしょう。
☆ 夜空に見えるミールの予報などは こちらでご案内していました。プログレスM-34が軌道を離れるためエンジンを点火した14時35分の位置(アフリカ西岸上空。その時の日照条件)
プログレスM-34の大気圏突入時の位置(15時30分頃。南太平洋上。その時の日照条件)
プログレスM-34の大気圏突入時の位置
プログレスM-34の大気圏突入時の位置
700〜800秒間の逆推進を停止した時の予想位置
700〜800秒間の逆推進を停止した時の予想位置
700〜800秒間の逆推進を停止した時の予想位置
(プログレスM-34の軌道データとその見方と詳しい説明。作図はSatellite TrackerとHome Planet を使用)
- 2001年3月23日15時頃に落下の場合のミールの予測位置
2001年3月23日14時08分頃のミールの予測位置(最終エンジン点火の頃)
2001年3月23日14時28分頃のミールの予測位置(最終エンジン作動終了の頃)
2001年3月23日14時30分頃のミールの予測位置(日本付近)
2001年3月23日14時55分頃のミールの予測位置(落下の頃)作図には、Element Managerを使用。太陽が真上に見える地点には太陽のマークがあります。夜の領域は白黒の枠で示されています。ミールが地平線上に見える範囲や、東京・横浜の地平線上に見える範囲もしめされています。(実際にはミールが太陽に照らされていて、しかも観測地が暗くないと見えません)
★ ミールの大気圏突入アニメーション(9MB AVI動画。国連ページより)
★ 落下予定地点地図(ASTRONETより)
★ 落下予定地点地図(国連ページより)
★ 落下予定地点付近の地図
★ ミールの最後を見学する旅行企画のニュース: 1、2、3
人工衛星の落下に関する解説
★ DEORBITING MIR
★ YAHOO! NEWS
★ Mirreentry.com
★ 国連のミール情報
★ 文科省のミール関連情報
★ 的川泰宣のミール落下日誌
★ 星ナビ「特集 さよならミール」
(資料源: Space Shuttle Home Page; Status Report: Progress Collides with Mir; Shuttle-Mir Home Page; Space Station Mir; VideoCosmos Co. of Moscow, Russia, and Novosti Kosmonavtiki Magazine; CNNニュース(1); CNNニュース(2); CNNニュース(3); Office of Space Flight; MIRNEWS; CNNニュース(4); Florida Today(1); CNNニュース(5); CNNニュース(6); BBCニュース; CNNニュース(7); CNNニュース(8); CNNニュース(9); CNNニュース(10); CNNニュース(11); BBCニュース(2); CNNニュース(12); BBCニュース(3); BBCニュース(4); CNNニュース(13); CNNニュース(14); BBC ニュース(5); BBC ニュース(6); BBC ニュース(7); CNN ニュース(15); ABC ニュース(1); BBC ニュース(8); CNN ニュース(16); Florida Today(2); CNN ニュース(17); CNN ニュース(18); BBC ニュース(9); BBC ニュース(10); Orbital Report; Yahoo!NEWS(1); Spaceflight Now (1); BBC ニュース(11); Florida Today (3); Yahoo!NEWS(2); Florida Today (4); ABC ニュース(2); MIRNEWS.477; MSNBC News; MirCorp Update; SpaceDaily (1); Florida Today (5); BBC ニュース(12); BBC ニュース(13); Spaceflight Now(2); Florida Today (6); SpaceDaily (2); Florida Today(7) )
富山市天文台で撮影されたミール
(MPEG動画 3.75MB 2000年1月29日撮影)富山市天文台は、ロシアのミールステーションの形を、大型望遠鏡でビデオ撮影することに成功しました。 (富山市天文によるミール画像と、ミールのCGモデルを比べてみましょう。 ミール各部の名称)
☆ 望遠鏡でミールの形をみる ☆
横浜市内でビデオ撮影された「夜空を通過するミール」
(MPEG動画 3.77MB 2001年2月22日18時28分撮影。中央右下はおおいぬ座のシリウス。F1.8, 1/4秒低速シャッター。撮影方法など)
☆ 関連ページ: About Mir; MIR Space Station; ミールニュース・サイト; CNN - Focus: MIR; NASDAによるミール情報; Keep Mir Alive!; Interactive Special: Exploring Mir; Baykonur Cosmodrome; Mir Space Station Observing; Support Systems on Skylab, Salyut and Mir; Encyclopedia Astronautica - Mir -; Russian Space Web; Mir Web Links; The Mir space station complex; Mir; Mir falls to Earth; Farewell to Mir☆ ロシア宇宙飛行士の経歴ページ
☆ ロシア・国際宇宙活動の記録