Japanese Stellar Myth and Legends

日本の星の伝説[近畿]

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[星月夜の織り姫:大阪府][七夕の始まり:滋賀県]
[星田妙見:大阪府交野市][名月姫:兵庫県尼崎市]
[三光堂:兵庫県尼崎市][日光堂・名草神社:兵庫県養父郡]
[弘仁寺明星堂:奈良県] [月子姫:滋賀県大津市千野]
[満月寺:大津市本堅田][星塚古墳:奈良県天理市]
[天川弁財天:奈良県天川村][星川:三重県名張市]
[徴古館:三重県伊勢市][北斗七星碑群:三重県三雲町]
[星落ち石:三重県飯南郡飯高町][学行院の日光・月光菩薩:鳥取県]
[兵庫県尼崎市:須佐之男神社][月夜野神社]
[兵庫県中山寺:星下り祭][月待塔]
[呉竹鞘杖刀][七星剣]
[七支刀:石上神社] [葛野坐月読神社の月延石]
[京都明星山三室戸寺][大将軍八神社:京都]
[星王山妙見寺:白石市」[能勢妙見山:妙見の水、生駒郡]
[広済寺(旧妙見社):尼崎市」[摩耶山星下り:京都府]
[愛宕神社の大一文字焼:京都]
[サンネモと七夕様][奈具神社、宇良神社]
[渡月橋][夜の虹の下にあった神鏡]

[月夜野神社:熊野、大日山] 190  松本保千代「熊野古道を歩く」宇治書店より 
 和歌山県の熊野は山岳信仰などで知られるが、熊野古道にそって 99王子という社が並んでいる.社がつくので、一応神社に分類される はずだが、王子とは仏教で言う童子のことらしい. 神社のような立派な王子社もあるが、多くは石碑が1つある程度の質素な 社である.その熊野古道が大日山という山を通るがその山頂に月夜野神社 という神社がある.旧名称が大日社.仏教の大日如来を祭った社である.
 この月見岡神社は本宮大社の境外社であるという.本宮大社は設立当初は 熊野御家津神1柱だったらしいが、時代とともに夜叉、金剛童子ほか 多数の怪しい神々が祭神に加わった.実に日本的で素敵だ.月夜野神社も 真の本尊は大日如来であろう.
[和歌浦町の養珠寺:和歌山県] 177
 1654年創設。裏に妙見山があり妙見菩薩の入っている妙見堂がある。
[半田市の妙見寺] 178
 亀崎というところにあるお寺。
[妙見庵:京都府野田川町] 185
 妙見菩薩を祭るお堂。
[京都鞍馬寺] 186
 毘沙門天を祭る。(読者様からの情報です)
[和歌浦町の養珠寺:和歌山県] 177
 1654年創設。裏に妙見山があり妙見菩薩の入っている妙見堂がある。
[半田市の妙見寺] 178
 亀崎というところにあるお寺。
[妙見庵:京都府野田川町] 185
 妙見菩薩を祭るお堂。
[京都鞍馬寺] 186
 毘沙門天を祭る。(読者様からの情報です)

[サンネモと七夕様:京都]  170 「京都の昔はなし」他
 昔、大呂というところにサンネモという猟師がいた。足占山(いなさご山) の山頂のカルデラ湖にのぼると、木に衣がかけてある。こっそり着物を とると、池で泳いでいた天女が困っていた。天女は天に帰れず、しかた ないのでサンネモの妻になった。
 子供ができて3歳になったころ、その子供が柱を拝むので調べたら 羽衣がかくしてあった。天女は「私に会いたいならこの種をまいて つるがのびたらのぼってきてください」と言い残し、天に帰った。 サンネモはそのとおりにつる草を育て、天にのぼっていった。天では 天女らが喜んで迎えてくれたが、サンネモが天の瓜畑の番をしていたとき、 瓜を食べてしまったら、大洪水がおきてサンネモは流されてしまった。
 天女(七夕さんというらしい)は、「七日ごとに会おう」と言ったが 悪魔が「7月7日に会おう」と間違えてとりつぎ、サンネモと七夕さんは 7月7日に会えることになった。サンネモが流された川は天の川となった。
[夜の虹の下にあった神鏡]   167 "青銅の神の足跡"、"日本書記"
  日本書紀の雄略紀に、たく幡皇女が、神鏡を五十鈴河のほとりに 埋めて死ぬが、そのあと皇女を探しにきた天皇が、夜の虹が蛇のように たった下を掘って、神鏡をほりあて、皇女の亡がらをを発見した、 という記述がある。
 当HPの読者である
天狼星さんからの情報によると、沖縄の宮古島でも、 「夜の虹が蛇のよう」だと表現する伝承があるそうだ。
 ニュージーランドのアボリジニの 伝説で虹の蛇というのがよく知られている。(でも昼の虹) 虹の蛇は水溜まりや池にすみ、聖なるものとして、 あがめられている。虹だけでなく、 真珠貝の内側、石英などの鉱物、海の光の反射などが虹の蛇の 象徴とされたという。
[渡月橋]  168 木場明志"陰陽五行"淡交社
  京都嵐山の法輪寺の行事で、女性が行う「十三詣り」 というのがある。13歳になった少女が法輪寺にお参りをする。 渡月橋をわたるとき、振り返ると願い事がかなわないという。 お月さまいくつ、十三ななつ、の童歌とは関係ないとは思うが....
[奈具神社、宇良神社]  169 谷川健一編「日本の神々7山陰」白水社
 京都の山陰部分、丹後には天女が8人舞い下り1人の羽衣をかくして 地上にとどまらせた天女の羽衣伝説のある奈具神社、そのずっと東に 浦島子伝説のある宇良神社(うらじんじゃ)がある。奈具神社では、 10月10日に踊り子という女性が多数でる行事が行われ、宇良神社 には、浦島子絵巻きや乙姫の玉手箱などがある。

[大将軍八神社:京都] 155  荒俣宏"怪奇の国ニッポン"集英社文庫
 京都の旧内裏の北西に大将軍八神社という、陰陽道関連のじんじゃ がある。どういう関連かというと、大将軍が太白(金星)の精で、 八というのが八王子のことで、陰陽道の8つの星の神のことなのだ。
 この神社の方徳殿という宝物庫には、100以上の陰陽道の神様たち の木像があるそうだ。写真でみる限り保存状態もよい。なんとマイナー な神社にこのようなネタの宝庫があるとは。だれか取材してくだされ。  八王子の方も絵があり、こられは星の神なので、天を巡回するという。 おそらく惑星神であろう。うーん見たい。荒俣先生はさらにお稲荷 さんと星神との関連にまで言及している。この方も私と同じ神社中毒 になっておられるようだな。続きは上記の本をご購入下さい。
 さらに、なんと渋川春海の星図と天球儀まであるそうだ。ああ、 本当にだれか取材を。

[星月夜の織り姫:大阪府] 15 日本児童文学者協会[どんな民話が聞きたい?]偕成社 
連 歌師に肖柏というものがおり、ある時猪名野にある渡来人秦氏の墓(古墳)にもぐりこんだ.肖柏は そこで、呉織、穴織という織り姫と出会う.2人は応神天皇の時代に百済からやってきたという.
  満天の星の夜に一夜で布を織った話をきいた肖柏は、姫室、染殿井、絹かけ松、織殿のあとの星御門と めぐりあるき、織り姫たちのゆかりのあとを、後の世に伝えた.
 
七夕の始まり:滋賀県] 16 日本児童文学者協会[どんな民話が聞きたい?]偕成社 
長者が、3名の娘の末娘を、山の池の神に嫁にやった.蛇は神で娘により若者にかわる.竜神は 7日ごとに天にのぼり雨を降らす.その留守に姉妹があけてはならない箱をあけてしまい、神は若者の 姿にもどれなくなる.
 しかし年に1度7月7日の夜にだけ人間にもどり下界におりることができるので 笹竹に短冊をつけて,その日を知らせてくれとたのむ.これが七夕の始まりという.
 
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[星田妙見:大阪府枚方市]   41 [岐阜県の歴史散歩]山川出版
   この枚方の星田妙見は何度か雑誌に紹介されているので、ご存じの方も多いと思う.星田地区には、 弘法大師が獅子窟寺で修行中、七曜星が輝き、星田妙見社(現小松神社.神社であるが祭神は妙見大悲 菩薩.おそらく明治の神仏分離で改名したのだろう)、光林寺、星の森の3箇所に星が降ったという.
  それぞれの場所にある星の石と言われる石は,隕石ではないようだとのこと.近くに、
織女星を神格化 したらしい天棚機比売大神を祭る機物神社や、織女石、牽牛石もある.
 
[名月姫:兵庫県尼崎市]   42 [兵庫県の歴史散歩上]山川出版 
  平家が隆盛だった時代、神崎町の刑武佐衛門国春という人が、子どもを授かるように月に祈った ところ、女の子が生まれ名月姫と名付けられた.姫の美しさは都にまで届いたが、あるとき大阪の 武士にさらわれてしまった.父は巡礼の旅に出たが、大輪田の港の建設が難航し、30名の人柱が集め られている時にとらえられてしまった.それを人づてに聞いた名月姫は、大輪田にいって父の身代りに なると申し出た.国春と姫が自分が..と言い合っているところに、1人の小姓が現れ、身代りとなって 海に身を投じた.能勢郡田尻村の名月峠に名月姫の塔があり、八幡神社にも名月姫塔があるという.
 
[三光堂:兵庫県尼崎市]   43 [兵庫県の歴史散歩上]山川出版
  安土桃山時代にできたらしいが、残っているのは1598年に再建されたもの.
 祭られている三光天子 とは、日・月・星の神である.
 
[日光堂・名草神社(妙見堂):兵庫県養父郡]   44
妙見山の中腹にある神社と寺.元々一体で、江戸時代までは妙見堂と呼ばれていた(妙見は北極星の こと).明治維新の神仏分離で日光堂と名草神社となったが、この妙見堂は関西・中国地方の妙見社の 総本家で、熊本の八代妙見、福島の相馬妙見と並ぶ全国三大妙見の1つであった.
 
[弘仁寺明星堂:奈良県]   54
山頂に鏡が埋めてあるという伝説がある虚空蔵山の、ふもとにある寺.空海作という伝承の明星菩薩像 が収められている明星堂がある.かつては大日堂など多くの堂があったが1572年、松永久秀に焼かれ焼失.
  寺ができた年(814年),空海がこの山に明星が落ちるのをみて、明星天子の本尊である虚空像菩薩を祭った といわれる.(空海が明星が口から体に入るのをみて虚空蔵法を修得したという伝説は有名ですね.)

[月子姫:滋賀県大津市千野]  92   "滋賀県の歴史散歩",山川出版
月岳山安養院は,比叡山の僧・慈恵太子の母の月子姫が住んでいたとも言われる.妙見堂があるため、妙見様と呼ばれている.月子は物部氏の出身で,宇多天皇の女官となった.どうやら天体とは関係なさそう.
 
[満月寺:大津市本堅田]  93    "滋賀県の歴史散歩",山川出版
臨済宗の寺であるが、びわ湖畔の景勝地にあり、堅田の浮御堂と呼ばれる.境内には、松尾芭蕉の[錠あけて、月さしいれよ、浮御堂]の句の碑がある.他に特に月との関連はなさそう.
 
[星塚古墳:奈良県天理市]   94   "奈良県の歴史散歩",山川出版
二階堂上之庄町にあり,星塚1号墳が37m,2号墳が41mの前方後円墳.1号墳からは笛型木製品が出土しているが,全国でも例がないものという. 名前の由来は不明.
 
[天川弁財天:奈良県吉野郡天川村]  95   "新版日本ミステリーガイド",学習研究社
何でもブライアン・イーノや美内すずえ氏等が足しげく通ったという人気の神社だが、場所は吉野の山中. 近くに流れている天川はテンノカワと読む.
 近所の山で役の小角が修行をしていて、最初に弁天が出現したが、そこは女人禁制だったので、隣山に弁天が祭られたという.
 
[星川:三重県名張市]  96  "日本伝説大系・南近畿編",みずうみ書房
赤目滝一帯に日照りが続き、役の小角が七重の壇を作って祈ったところ、明星天子がおりたって秘法を授けた.さらに57日修行を積むと弁天が現れ、翌年は大豊作になった.星の天子が川におりた辺りを星川という.
 
[徴古館:三重県伊勢市]  97   "三重県の歴史散歩",山川出版
皇大神宮(伊勢神宮の内宮)の別館で、伝来の文化財が2770点ほど展示されている.星の伝説があるというわけではないが、中に渋川春海が1690年代あたりに寄贈した天球儀などの天文資料が多数ある.
 
[北斗七星碑群:三重県三雲町] 98    伊勢天文同好会"いせ"No.9
北斗**と文字がきざまれている石仏群らしい.詳細は不明.
 
[星落ち石:三重県飯南郡飯高町] 99    渡辺美和,皆尾忍,"天文と気象",1982
櫛田川という中にある石で、天から落下したという伝説があるそうだ.
 
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[呉竹鞘杖刀]116
正倉院の宝物の1つ.すばる、織女と牽牛と思われるもの、北斗七星が刻まれている. 正倉院には他にもそういった刀があるのかもしれないが、所蔵資料の展示は年に1回奈良の博物館で 行なわれるだけで、それがまた所蔵品のごく一部を出すだけなので、調査は困難である.
 
[七星剣]117
法隆寺の所蔵品の一つ.北斗七星が数カ所刻まれている.先頃行なわれた大規模な法隆寺展 にも出品されていた.見た人の話では保存状態はたいへんよく、2箇所にゆがんだ7星の図が 見えるという.ただ同展の図版では色調の関係で7星紋はまったく読めない.
    七星剣は四天王寺にもう1本ある.
 
[流星刀]118
1890年に富山で発見された白荻隕鉄からつくられた剣. 隕石を買入し、製作を依頼した榎本氏の子孫が所有している. 早川和夫[隕石から作った日本刀]星の手帖,より

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以下の追加分は、星の伝承研究室の北尾浩一氏をはじめ、湯沢市文化財保護委員の石橋氏からも史料提供をいただいています。ありがとうございました。


[明星山三室戸寺:京都] 134 "全国神社仏閣ご利益小辞典"
 窺仙法師が仙人となって、三室堂の東の山からとびたったという伝説がある。その山は常に明星が出現するという。なお、明星山はお寺の山号であってその山にたっているわけではない。

[月読神社の月延石:葛野] 133 "月読大神官伝記"他
 京都葛野にある月読神社にある文献によると、境内に月延石があり、1684年の文献で神宮皇后が出産のさいにもたれた石、となっているようだ。月延べ石は現在もある。

[唐松神社の天日宮:秋田県協和町] 132 "歴史読本"
 唐松神社は代々物部という家が宮司をしているが、唐松神社に豊国文字のような文字で書かれた文献があり、その文献をもとに再現されたという建物。この文献は通称物部文献というもので、東北に記紀にでてくるニギハヤヒ尊が降臨したというような伝承が書かれているらしい。
しかし文献自体の信憑性が非常にあやしいので、天日宮もあやしそうではある。


[七支刀] 129  福永光司"道教と古代日本"人文書院
 著者は石上神宮の国宝七支刀に描かれた34文字の文章を解読し、古代中国の錬金術で3、3、1を合するという方式で百兵をしりぞける目的で作られたのではないかとしている。この碑文は道教の書物[抱朴子]を参考にしていたと思われる文章で、北斗七星に戦勝を祈願する当時の占いと似た趣旨であろうとしている。

[星王山妙見寺:白石市] 146 インターネットの観光サイト等より
 1859年に開基された日蓮宗寺。境内に妙見堂がある。
[能勢妙見山:妙見の水、生駒郡] 147 インターネットの観光サイト等より
 関西の日蓮宗総本山という寺。同名の能勢妙見堂というお堂が東京都 墨田区にある。妙見の水は平成1年に地下171mでほり あてた地下水の名前。
[広済寺(旧妙見社):尼崎市] 148 インターネットの観光サイト等より
近松門佐エ門ゆかりの妙見社。清和源氏の流れをひく多田氏が 創建したという。
[摩耶山星下り:京都府] 161 阪急電鉄のHPより
  摩耶山天上寺では、8月7-9日に七夕祭が行われるが、9日午前0時に 祈願すると46000回おまいりしたのと同じ功徳があるという。8日の 夜23時から、摩耶観音星下り会式というものがある。
  観音の星下り、1夜で46000回お参り分の功徳もどちらも 中山寺のいわれとして有名だ。天上寺のものは初めてきく。

[愛宕神社の大一文字焼:京都] 162 阪急電鉄のHPより
  護摩の火を種火に五月山の西斜面に「大一」(太一のまちがいか?)に 点火し、同時に星の宮(?神社名?)からの火を種火に 南斜面に「大」の字を焼く。 そのあと、大工装束の若者が大松明をもってねりあるくガンガラ火祭が 行われる。
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