1998.6月の特集

江戸時代の天文屋

[天文民俗学ページ] [和漢三才図絵の星]

江戸時代は、日本の科学技術の時代とも言われます。 江戸時代の天文学者は、幕府の天文方ばかりではありません。 民間や地方の技術者たちの粋をごらんください。


[江戸の望遠鏡店]銀座の玉屋吉次郎店の引き札(広告チラシ)。天文方が使う観測機器を販売していた。機器の製作者は、加賀藩の民間技術者・ 大野規周である。
[大野からくり記念館]上記の店の科学機器を作っていた大野規周の父・大野規好は、伊能忠敬の測量器一式の 製作者である。このような大野一族で一番有名な「加賀の平賀源内」大野弁吉の博物館。
[からくり記念館]上記の博物館の指南車などの展示物のとてもきれいな写真が見られます.名古屋大学のページです.
[日本の時計産業の歴史]独特の時の刻み方の和時計の原理の話があります.大野規周の名も出てます。
[工業機械国産化年表]江戸時代の観測器具やからくり機械、時計などの話がのっています.
[中村屋(大野)弁吉]上記の大野弁吉の略歴がのってます。
[石川県立歴史博物館]日本中で使われた加賀藩の測量機器が展示してあります。
[富山市天文台]富山市天文台による天文学史ページがやっとできましたぞ。
[石黒信由:加賀藩の測量術]天文学がさかんな加賀藩(石川、富山)の藩校で測量や暦学を学び、磁石盤などの測定器を考案した。。
[大名時計博物館]季節にかかわらず日中を6等分するという、日本独特の時をきざむ精巧な時計が200点。
[名古屋のからくり時計]国産の和時計を初めて作ったといわれる、津田助左衛門の話が少しでております。
[須弥山儀]反天文機器。西洋天文学に対抗し、仏教関係者が 須弥山のまわりを太陽や月が回る須弥山儀を作った。製作者は和時計の「からくり儀右衛門」こと田中久重という逸品だ。鑑定団にだしたらすごい値がつくぞ。
[田中久重と井上伝]天文学にも通じていた「からくり儀右衛門」久重の簡単な伝記がのっています。
[からくり半蔵とはだれか]からくり技術者半蔵も、天文学・暦学を学んでいた。
[間重富]麻田剛立に師事し、高橋至時と暦を作るため上京し、その後大阪で質屋をしながら測量機を設計した天文学者。
[小谷田子寅]江戸時代の多摩の医学者で、天文学も学んでいたという。
[山片蟠桃]仙台藩の財政をたてなおした、江戸時代の民間経済学者山片蟠桃も、天文学を学んでいたという。
[ちょんまげ頭で見た天体]Asteroid連載の国友藤兵衛物語
[何でも鑑定団の天球儀]テレビ東京「なんでも鑑定団」にでた渋川春海作の写しの天球儀
[伊能忠敬研究会]研究会というだけあって忠敬についてはすごく充実したサイト
[渋川春海作の地球儀]春海グッズ多数所蔵で知られるちょう古舘所蔵というメールをいただきました.
[飯能市Q&A:千葉歳胤]江戸中期の天文方で、日月食計算等に長けた歳胤の解説。
[寅賓閣について]水戸光圀の別荘で、天井に天体図が描かれていたらしい。
[高橋景保と渋川景佑]高橋至時の子で日本近辺の測量や編暦に活躍した兄弟。
[科学技術和本文庫]東京電気大の貴重なコレクション。平賀源内から福沢諭吉の天文書まであり、そのいくつかは展示されていて、見ることができる。画像あり。
[間宮林蔵が使った測量機器]間宮は測量方を伊能忠敬に学ぶとともに、測量機器も譲り受けました。象限儀、杖先羅針盤などの写真もあり。
[琉球の天文史料"球陽"]琉球王国の江戸時代の天体観測記録集。ハレー彗星等丁寧に記載され、加賀藩のものにひけをとらぬ資料。
[水戸の弘道館]1841年創立の水戸藩の藩校で、天文学も学べた。
[草加文庫]日本福祉大付属図書館所蔵の文庫で、実学という分類に天文書がみられる。
[大阪市科学館の天文資料]「初学天文指南」等。ただ所在のみです。
[源空寺]伊能忠敬、高橋至時のお墓がある。


トップへ