[天文民俗学ページ] [陰陽道と宿曜道]
道教という言葉は、元々は道をもとめる哲学者の立派な教えのことをさす、 普通名詞であったそうです.しかし春秋時代(紀元前6世紀前後)に孔子の儒教が生まれて広がり、紀元0年ごろにはインドの仏教も伝わり、 仏教と儒教が対立する中で、この2派以外の信仰や伝説を道教とよぶ 傾向が強くなりました.今言われている道教は、春秋時代に老子が始めたとされる 哲学・道家の思想をもとに、2世紀の太平道と五斗米道という運動から始まった ようです.5世紀には寇謙之が改良して国教とし、道教と呼ぶようになりました. 星の神様がたくさんでてきますので、改めてまとめてみました. 陰陽道のページに書かなかった神様中心です.
★道教と仙学---中国の研究者の方の著書の邦訳です.素晴らしい内容ですのでぜひご覧ください.
●天后聖母
●五斗星君
●紫微宮
●太一
●三台
●36天コウ星と72地サツ星
●太陽公
●娘娘神
●南極老人星
●大将軍
北宋時代に起こった道教系の信仰の開祖で実在の人物・ま祖のことで、 航海の安全の神とされるようになり、13世紀の元の時代に天妃の称号をえて, 17世紀の清の時代に天后の称号をえた.
天妃・天后の信仰は他のアジアの国にも広がり、朝天宮とよばれる天妃廟 が各国に存在する.天后聖母の誕生日は3月23日とされ、多くの参拝者が おとづれるという.

5方に配した北斗星君、南斗星君、東斗星君、西斗星君、中斗星君の5神 のことだという.日本では北斗と南斗だけ知られているが、東斗5星、 西斗4星、中斗三星というのも、星名が書かれているので星座になっている はずである.
日本の陰陽道と違い、中国道教においては北斗星君はそれほど地位の高い 星神ではない.紫微や太一という北極星の化身の方がはるかに高位の神だという.
また五斗星君、紫微らは明時代の小説封神演義に登場するのであるが、 南斗の数がたりないー、北斗七星各星の割り当てが雑魚ばかりー、と非常に 謎の配当になっている.この様子では本当に五斗星君はたいした神様では ないみたいである.

北極星を中心とする星座で,12星,あるいは15星が北極星(太一)を守っているとされる.漢時代の,大宇宙(星空)と小宇宙(地上)は相対するという天人相感の 思想に由来する. 北極星を神格化したものを、北極紫微大帝と呼ぶこともある.

元もとは万物の根元といった意味のことばだったらしいが、観念的な 存在に具象を与える中国的な思想にもとづき、北極星を意味する ようになった.前漢のあたりに太一を星とみるようになったらしい.
また、太一教という書物は道教の占星術書らしいが、詳細は不明である.

北斗七星の第一星の南下に位置する6星のこと.すべて同じ輝きなら 臣下は皆仲がよく、輝きが違うと君から離反しているという. (史記「天官書」より).
また、6星のうち文昌星に近い2星が上台、最も東側の2星が下台, どうやら余っている2星が中台というという. 上台は虚精開徳星君といって赤面ざんばら髪の星神で黒い雲にのるという. ほか各星神ごとに詳しい容貌などの記述がある.

天コウ星と地サツ星は、明代に施耐庵が伝説をもとに創作した小説「水滸伝」にでてくる魔性の星神 といわれるもの.水滸伝は、108星が全国にちらばり、その生まれ変わりが梁山泊に 集まって悪い役人を懲らしめるといった物語であるが、宋末期におこった宋江 の乱という史実が一応モデルになっている.
この108の星神というのは、中国道教の研究者が調べても不明、とある. 天コウ星に並ぶ星神たちは、明の時代に民間で広まった信仰や星占いのような ものに登場しているという.しかし地コウ星はまったく不明らしい.
道教の研究者によれば,天コウ星の一部は元から明時代の民間信仰から とったもので、残りは全部施耐庵の創作である、という見解が主流である ようだ.筆者もその意見に賛成である.よってこれらは道教の星神 とはいえない.

太陽を神格化した神.太陽星君などともいう.陰暦2月1日が誕生日で 菓子をそなえて礼拝をする.(立春年初でいうと1月1日ですな. 年の始めに生まれる太陽、、、なるほど)ただし台湾などでは誕生日が3月19日と なっている.

中国語で「ニャンニャン神」と読む.女神のこと.娘娘とは、昔宮中で 皇后をさすことばだったという.星神じゃないんですが、あまりに おもしろかったもので.

ご存じりゅうこつ座カノープスのこと.宋の時代から人格化され、 道師として現れたり、さらに後代には,福禄寿という神になって 寿命をつかさどるということになった.このへんの話はちょっと複雑なので あとでもう1度調べてから書き直します.

この大将軍なる神様は、中国道教には見つからない.日本の神社に祭られて いるのだが、その解説として「天帝を官とし、三十三天に住す、鬼神を領して 四方を鎮護す」とあり、天帝につかえるといったら道教の神以外にはないので、 ここに入れてみた.京都の大将軍社には星神の像が多数ある.
一説によると、大将軍社というのは、もともとは蜀の国の関羽の廟だという. 大将軍というのは関羽のことらしい.関羽は中国/道教においては、三国志の他の 武将とはちょっと違ってよい扱いを受けており、関帝として神格化され、神様の1人になっている.この関帝が、日本では大将軍とよばれているのであろう、と 推測される.京都に数社ある大将軍社をまわってみれば,大将軍=関羽か?否かは判明するであろう.