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このHPは同僚の山田陽志郎が作成した資料をもとに 私がいくらか追加したものです. Special Thanks To:かりんのアクセサリーアイテム for the web graphics. |
キリストが生まれたときに現れたとされる不思議な星
新約聖書の「マタイによる福音書」には、次のような記述があります。
....東方からきた博士たちがエルサレムに着いていった
ユダヤ人の王としてお生まれになったかたは、どこにおられますか。
わたしたちは、東方でその星を見たので、その方を拝みにきました。
博士たち(マギ)は、ヘロデ王の指示により、ベツレヘムに向かいます。
..彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、おさなごのいるところまで行き、その上に留まった。
ヘロデ王はこの話を聞き、その後ベツレヘム周辺の2歳以下の男の子をひとりのこらず殺してしまいました。しかし、ヨセフ、マリア、イエスたちはエジプトに逃げて助かりました。
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いまから2千年ほど前の地中海周辺は、ほとんどがローマ帝国の支配下にありました。
紀元前37年、ローマ派のヘロデ王がイスラエル王になる。
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紀元前8年、ローマの税制のための国勢調査
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財産の申告のため、身重のマリアとヨセフは、故郷ベツレヘムに帰省。
イエス誕生。
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◎現在の1月1日(割礼年初)が決まったのは
西暦は、紀元525年ごろという後代に採用。それ以前は春分年初だったり、 ローマ暦が使われていたり、色々であった。
◎12月25日という日付の根拠は
12月25日というクリスマスの日付は、キリスト教以前にローマの中心宗教
であったミトラ教のミトラ神の誕生日をそのまま受け継いだ だけ。
別にキリスト誕生の日ではない。
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つまり、キリスト誕生=ベツレヘムの星がみえた日時は不明である
◎キリスト誕生の正確な年月日を決めるには
ヘロデ王の死んだ年がわかれば、それより前にイエスが生まれたことになる。
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ローマの年代学者ヨセウス・フラウィウス(紀元37〜95年)によれば、
<月食とそのあとの"過越しの祭"の間>にヘロデ王が死んだ。
その間にヘロデは療養の旅に出ている。
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従来の説では、それは紀元前4年である。
◎過ぎ越しの祭と月食
過ぎ越しの祭りとは、現在の復活祭のもとになったユダヤ教の祭
ローマ時代は重要な祭りだった。(今のイースター)
春分の日のあとの、最初の満月の、次の日曜日。
当時の月食↓
日付 タイプ 次の過越しの祝い 両者の間(月)
紀元前5年9/15 皆既 紀元前4年4/11 7
紀元前4年3/13 部分 紀元前4年4/11 1
紀元前1年1/9 皆既 紀元前1年4/8 3
紀元前1年12/29 部分 紀元後1年3/29 3
(資料:"The Christmas Star" by John Mosley)
◎結論として
上記のように紀元前5〜1年まで4回月食がある。 紀元前4年説だと、過ぎ越しの祭までの間に療養の旅に出る時間が短い、いや1ヶ月で十分だ、と否定説と肯定説がある。
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イエスが生まれたのは紀元前6ー1年の間のいつともとれる。
◎うさぎページの藤井純さんから、新情報です。
当時のエルサレム 付近は12月は雨季だったそうです。ベツレヘムの星は数日は見えていた ような記述になっているので、12月にイエスが生まれたとすると ちょっとおかしいそうです。
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●惑星の会合説
◎紀元前7年、木星と土星が会合、数ヶ月並んで見えていた。
☆どうもこれは、私が今まで掲載していた解釈がまちがっていたらしい。土星と木星の会合という
よりも、ユダヤの民をあらわす星座の魚座で、木星が他の惑星と会合 したことが重要らしい。
ケプラーが言及したことで知られるこの木星と土星の会合は、そうそうめったにあることではないので、星にくわしい東方のマギ(おそらくゾロアスター教かミトラ教の占星術師)たちにも珍しかったであろう。
☆ただし、ケプラーは、木星と土星の会合がベツレヘムの星だといっている わけではない。それは前座で、そういったことがあった中に 超新星が出たのだろう、というのがケプラーの説なのである。
◎紀元前3年金星、木星の連続会合
西暦(ユリウス暦) 天体名 接近した各距離
1BC.3年 8月12日 木星・金星 0.23度2 9月 1日 水星・金星 0.363 9月14日 木星・レグルス 0.634 2年 2月17日 木星・レグルス 1.195 5月 8日 木星・レグルス 1.066 6月17日 木星・金星 0.047 8月27日 木星・火星 0.14 資料: Planetarian,Vol.9,No.1,1980
一見はなやかだが、太陽に近い位置が多いので、実際に見えたのは1番、3ー6番。
木星と金星の会合はけっこうしょっちゅうある(10年間に平均数回ほど 観測可能な位置で会合がある)ことなのだが、上記の6番の 紀元前2年6月17日の接近は0.04度で、ほとんど1つに重なって見えるほど
ということだ(山田陽志郎職員の調べ)。これほど接近することは100年 に数回程しかないので、この現象は興味深かったには違いない。
★紀元前83年〜0年までに起こった木星と金星の0.1度以内の接近を、 アストロアーツ/アスキーのStella Navigator for WIN Ver.2の会合ソフトを使って調べてみた結果を以下に示す。
(このソフトは惑星の動きについての計算精度が非常に高いことで 知られており、NIFTY/FSPACEの天文計算の会議室でも高い検証結果を 示していたので、使用した。)
紀元前83年〜西暦0年までの間の木星と金星の0.1度以内の接近
年 月日 離隔(度)
BC83 10 26 0.005
BC68 1 21 0.073
BC66 2 8 0.099
BC44 1 27 0.088
BC44 12 10 0.069
BC41 5 8 0.080
BC27 8 7 0.065
BC25 8 16 0.074
BC17 5 14 0.067
BC 3 8 12 0.081
BC 2 6 18 0.037
↑このように、惑星会合はかなりひんぱんに起こる現象なのである。 けっこう見なれている現象に、占星術師たちが驚くだろうか。
また、原恵氏がいっておられるように、レグルスは王の星と東方では言われていたので、
そのすぐそばで木星がうろうろしていた上記の3〜5番の会合は、ユダヤの王の誕生ということにあうかもしれない。
●彗星説
◎紀元前4年の彗星(尾がない)
◎紀元前5年の彗星(70日みえた大彗星)
◎紀元前10年の彗星
◎紀元前12年にハレー彗星
考えられるのは、ヘロデが死んだ年を紀元前4年とした場合、紀元前5年の大彗星はもしかすると....
●超新星説
中国を含め、当時超新星らしき天体が現れたという記録がない
●そのほかの説
◎日食説
◎月食説--月食は月食とちゃんと聖書に記述がある。×。
◎星食説--実は非常に有望な木星食がある!
◎金星説--夕方の金星は、東方の星占術師には見慣れたもの。×。
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■ベツレヘムの星についての、いろいろな人の説
☆ベツレヘムの星リンク集
・上記のHPの中で特にまとまっているもの↓
ベツレヘムの星
■クリスマスの雑学
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