ヨーロッパ初の月探査機
打ち上げ直前のアリアン5ロケット
Credits: CNES - Arianespace
2003年9月28日の打ち上げ
Credits: ESA/CNES/ARIANESPACE - Service optique CSGCredit: ESA
ヨーロッパ15カ国が加盟しているヨーロッパ宇宙機関は、 ヨーロッパ初の月探査機「スマート-1」を打ち上げました。Credit: ESA
いろいろな角度から見る「スマート-1」
各辺1mの大きなサイコロのようなこの探査機は「スマート-1」(SMART-1: Small Missions for Advanced Research in Technology) という名前です。打ち上げ時の重量は367kgと、比較的小型の探査機です。1.5トン、2.8トンという大きな通信衛星2つと いっしょに、2003年9月28日08時14分39秒、南米フランス領ギアナ のクールーにあるギアナ宇宙センターから アリアン5ロケットで打ち上げられました。Credit: ESA
いったん地球をまわる軌道にのったあとは、「イオン・エンジン」という推進システムを使って月に向かいます。 「イオン・エンジン」は、物質どうしの化学反応を使う通常のロケットとは違います。「スマート-1」には82kgのキセノンガスが積まれています。 キセノンの原子に電子をぶつけて、キセノン原子核をまわっている電子の一部をはぎとります。こうしてプラスのイオンになった キセノンを電極間で加速し、猛スピードで噴射させます。その反動で探査機を加速するのです。力はとても弱く、 はがき1枚を支える程度なのですが、長い間連続して使っていきますと、かなりの速度に達します。 真空中でしか使えませんが、電源も太陽電池を使っており、燃料1kgあたりでは、従来のロケットより10倍も効率のよい推進方式なのです。
人工衛星以外の主推進システムにイオンエンジンが使われたのは、アメリカの「ディープスペース1」以来、これが2度目です。 月探査ももちろん目的なのですが、どちらかといえば、「イオンエンジン」による飛行テストが主な目的となっています。
「スマート-1」の月までの軌道
(Credit: AOES Medialab, ESA 2002)
2005年3月、月をまわる軌道に入って
(Credit: ESA)
イオンエンジンを使って、徐々に軌道を大きくしていき、2004年12月下旬、2005年1月下旬、2月と月に接近し、最終的に 2005年3月に月をまわる軌道に入る予定です。さらにイオンエンジンにより軌道を修正していきます。「スマート-1」軌道シミュレーション (Step を 5 day くらいにするとよくわかります)
日本の小惑星探査機「ミューゼスC」も、 小惑星に向かう軌道に入った後は、地球と小惑星との往復の軌道上で、イオンエンジンを使って軌道変更を行います。 (関連ページ: 1 2)
月面を探査
(Credit: ESA)
搭載された観測装置(計19kg)を使い、 目に見える光だけでなく、 エックス線や 赤外線などの観測を行い、 月面にどのような物質があるのかを、かつてない正確さで調べます。2004年1月6日現在、スマート-1は地球を176周しており、順調に機能しています。 ついにヴァン・アレン帯の最も危険な部分を通過し、ひと安心です。 (ヴァン・アレン帯について: 1 2 3 4 / 2006年8月9日、発見者であるヴァン・アレンさん死去 〜 資料: 1 2 3 4 )
キセノンガスは24kgを消費し、地球周回軌道に入ってから、秒速約1070mだけ、速度を 増やしたことになります。2003年12月23日から2004年1月2日まで、連続240時間 以上にわたりイオンエンジンを吹かしつづけました。軌道上、地球にもっとも近いところの高さは、 当初の656kmから12801km(2004年1月5日現在)になっています。 (資料)
「スマート-1」月周回軌道へ 〜 そして月面衝突へ地球から月まで、直線距離ではおよそ38万kmですが、螺旋(らせん)をえがくように、1億kmものコースを たどりながら、 2004年11月15日14時24分、「スマート-1」は月をまわる軌道に投入されました。 (資料:1 2 )
以降3ヶ月にわたり、イオン・エンジンにより、細長い楕円軌道を、 徐々に円に近づけていきました。 2005年2月28日には、周期約5時間で月の南北両極をまわる軌道(月面に近い高さで471km、月面から遠い高さで 2880km)になり、科学観測を開始することになりました。
月を周回する探査機としては、これまでで最も細部まで写っている月面画像を得ることができました。 (画像例)
また、軌道上からは初めて、月面のカルシウムの検出に成功しました。 (資料)
それ以降も、月・地球・太陽の重力の影響で、「スマート-1」の軌道は徐々に変わっていき、軌道上で 月面に近い高さはゆっくりと減少していき、月面から遠い高さは徐々に増加していきました。そのままでは、月面に衝突してしまうため、1年間寿命をのばそうと、 2005年8月2日から9月18日まで何度かイオン・エンジンに点火して軌道修正を行い、 軌道の高さを上げました。
そのままなら、2006年8月17日に月面(裏側)に衝突するはずでしたが、2006年6月19日から7月2日にかけておこなわれた 軌道修正(キセノンガスはほぼ使い切っていたので、姿勢制御システムで行われました)で、 月面に近い高さが約90km高くなりました。こうして、地上からの観測に適した9月3日に月面衝突させることができるように なりました。(資料)
2006年7月10日現在、 周期約5時間で月の南北両極をまわる軌道(月面に近い高さで247km、月面から遠い高さで 3202km)をまわっています。
7月27日から28日にかけて、そして9月1日、2日にも軌道の微修正が予定され、より正確な衝突時刻が求められます。 (資料:1 2 3 4 )
「スマート-1」月面衝突までの最終段階(想像図アニメーション)
(Credit: ESA/C. Carreau)
「スマート-1」月面衝突予定地点
Credit: ESA/C. Carreau
「スマート-1」月面衝突予定地点の拡大
Credit: ESA/Virtual Moon Atlas
「スマート-1」月面衝突予定地点のさらなる拡大
Credit: ESA/Space-X (Space Exploration Institute)この画像は、2006年8月19日に「スマート-1」が1200kmの距離から撮影した月面画像を組合わせたものです。 赤い◆が、予定されている衝突地点(記入時刻は世界時=日本時マイナス9時)
予定では、 2006年9月3日14時41分、 月の南緯36.44度、西経46.25度 (卓越の湖)に、きわめて浅い角度で接近しながら 秒速2kmで衝突することになるでしょう。 この時点での探査機の質量は約285kg(そのうち200kgがアルミ製の機体で、3kgが ヒドラジン燃料) せいぜい、1kgの隕石が月に衝突するくらいの規模の衝突であり、深さ1m程度、直径5〜10m程度の長細いクレーターができそうです。 衝突時に発生するエネルギーは約6x108 ジュール。 このときの閃光(推定16等)をとらえるには、大型望遠鏡でないと難しそうです。 この時刻、残念ながら日本では昼間であり、まだ月がのぼっていません。大型望遠鏡では、閃光の スペクトルを観測することで、 月面下の物質成分を調べることができるでしょう。
吹き上げられた物質の一部は秒速280m以上で上空に昇る可能性があります。 そうした物質は20km以上も上空にのぼり、そこで太陽光に照らされれば、12等級以上の明るさになって、小型の望遠鏡でもとらえることができる かもしれません。
日本のように、衝突時に月が見えなくとも、衝突前後の地形を観察することで、噴出物による変化がわかるかもしれません。
月面衝突時の月から見た地球(2006年9月3日14時41分の場合)
(Credit: J.Walker/Home Planet)
月面衝突時の月から見た地球(2006年9月3日09時37分の場合)
(Credit: J.Walker/Home Planet)
月面衝突時の月から見た地球(2006年9月3日04時33分の場合)
(Credit: J.Walker/Home Planet)
最終段階では、月面に近い高さは、1周につき約1km(月・地球・太陽の重力により)下がっていきます。 ところが、現在使われている最も精密な月面地形データ (1994年のクレメンタイン探査機によるもの)では、地形の高低は1kmほどの 正確さしかありません。このため、もしかすると、1周前にあたる09時37分に、月面のほぼ同じ付近に衝突する可能性もあります。 (このとき、「スマート-1」は約800mの高さを通過) この場合も、残念ながら日本では昼間であり、まだ月がのぼっていません。同じように、さらに1周前の04時33分にも、月面のほぼ同じ付近に衝突する可能性もあります。この場合、 日本は夜ですが、月は空にのぼっていません。 (各地の日月出没時刻 / 太陽や月から見た地球 / 資料:1 2 3 4 5 )
月に衝突した(あるいは「させた」)探査機は今回が初めてではありません。ルナー2号、 レンジャー、 ルーナー・オービター、 ルーナー・プロスペクター、 ひてん(日本) ほか、月面に衝突した多くの探査機があります。 (参考: 1 2 3)
2006年8月30日04時00分に「スマート-1」から撮影された地球
2006年9月3日02時19分〜04時34分(衝突の2〜3周前)に撮影された月面(1)
2006年9月3日02時19分〜04時34分(衝突の2〜3周前)に撮影された月面(2)
衝突後の情報ほぼ予定通りの時刻である、2006年9月3日14時42分22秒、「スマート-1」は 南緯34.4度、西経46.2度の地点に衝突し、信号がとだえました。
衝突で発生した熱によるものと考えられる閃光が、 ハワイ、 マウナケア山頂にある カナダ-フランス-ハワイ望遠鏡(口径3.58m)で 撮影されました。(下の画像)
「スマート-1」が月面衝突した瞬間の 赤外線画像
Credit: Canada-France-Hawaii Telescope Corporation(上の画像)約15秒間隔に撮影された画像が3枚並んでいます。中央の画像には閃光が写っていますが、その前後の画像にはなにも 写っていません。閃光は1秒の千分の一という短時間のものでした。
(資料:ESA SMART-1; Science & Technolohy: SMART-1) 。
月リンク集
海王星の新衛星(2003年8月29日発見時の画像)
約38分の間に、衛星の位置が移動しているのがわかります。背景は恒星と 銀河です。海王星は画面外です。
( http://www.ifa.hawaii.edu/~sheppard/satellites/iaucneptune.htmlより)ハワイ大学天文学研究所のシェパードさん、ジューウィットさんらのチームは、 ハワイ、マウナケア山頂にあるすばる望遠鏡(口径8.2m)を用いた 2003年8月29日と30日の観測から、海王星の新たな衛星を発見しました
この天体には、海王星の衛星としての暫定的な符号 S/2003 N 1 (海王星(Neptune)の、2003年に記録された1個目の新しい衛星(Satellite)の意味)がつけられました。大きさは38km程度と見られ、海王星から平均して 約4950万km(太陽-地球間の約3分の1)の軌道を26.3年かかって1周しています。 惑星からこれほど離れてまわっている衛星はほかにありません。
今回で海王星の衛星は12個発見されたことになります。(資料: A New Moon for Neptune; New Satellite of Neptune S/2003 N1)
2002年8月14日と16日に、 チリにあるセロトロロ・アメリカ大陸天文台の 口径4m望遠鏡によって、 また同年9月3日には、 チリ北部のアタカマ砂漠のパラナル天文台にある、 4台の口径8.2m望遠鏡のひとつ、「メリパル望遠鏡」 (「メリパル」とは、現地マプーチェ族のことばで 「南十字」の意味)によっても観測された天体が、 再び、2003年8月19日、 セロトロロ・アメリカ大陸天文台の 口径4m望遠鏡によってとらえられ、9月28日〜30日には 同じチリのラス・カンパナス天文台の 口径6.5m望遠鏡によって確認されました。海王星の13番目の衛星として、 S/2002 N 4 という仮符号が与えられました。 S/2003 N 1 同様、海王星から遠く離れた軌道をまわっているようです。(資料: IAUC 8213 (2003 Oct. 1) S/2001 U 2 AND S/2002 N 4; M.P.E.C. 2003-S107 (2003 Sept. 30) S/2002 N 4)
日本の小惑星探査機
2003年5月9日13時29分に、宇宙科学研究所は、M-V-5号機ロケットにより、小惑星探査機 「MUSES-C」(ミューゼスC)を打ち上げました。打ち上げ後、「はやぶさ」という愛称がつけられました。
し、 9月12日に到着しました。2005年9月中旬に小惑星 1998 SF36 (210〜540mほどの大きさ)に接近
「はやぶさ」の小惑星イトカワへの到着について
しばらくは、1998 SF36 のそばをまわりながら、小惑星の観測を行います。着陸地点がきまったら、小惑星への降下が始まります。 その途中で、目標となる目印を落します。 小惑星に落下させるこの目印、ソフトボールくらいの大きさの「ターゲットマーカー」に、みなさんの名前を印字したアルミ泊をいれるというキャンペーンが行われました。その名前の中には、SF作家の アーサー・C・クラークさん や映画製作者の スティーヴン・スピルバーグさん なども含まれているそうです。 (資料)
「はやぶさ」、小惑星 小惑星 1998 SF36(イトカワ)の撮影に成功! (2005年7月29日から30日、8月8日から9日、12日)
惑星が生まれたころの太陽系内の様子がどうであったのか、その手がかりを知るには大きな変化を受けていない小惑星や彗星などの小天体を調べる必要があります。そのサンプルを採取して地球にもどる技術を打ち立てよう、というのが「MUSES-C」の目的です。 2005年11月には小惑星を離れ、最終的には、探査機のカプセルが2007年6月に地球にもどる予定です。
現在位置
現在の「はやぶさ」の地球からの距離と、小惑星「イトカワ」までの距離 小惑星「イトカワ」Asteroid 25143 Itokawa (1998 SF36) 立体軌道図
小惑星 1998 SF36は、「ITOKAWA(糸川)」と命 名されました。 (資料)
地球の重力を利用して軌道を変えるため、2004年5月19日15時22分に、 太平洋上空約3700kmのところを通過しました。 (資料: 1 2 3)
地球に接近する「はやぶさ」がとらえた地球のすがた
提供:JAXA2004年5月18日22時に撮影された地球です。地球までの距離は約29万5千キロでした。 中央が大西洋。右上に明るく見えるのはアフリカ大陸で、地中海やヨーロッパ大陸も見えています。 左には北米大陸、下のほうには南米大陸が見えています。
最接近直前の「はやぶさ」がとらえた日本付近(動画)
提供:JAXA5月19日12時半前後(地球との距離は約6万km)に、約5分毎に撮影された16枚の画像からなるアニメーション動画です。 日本付近に接近しつつある台風と、日本上空に伸びている前線の雲が見えます。
「はやぶさ」から撮影された「イトカワ」の疑似カラー画像
撮影:2005年9月12日17時02分(提供:ISAS/JAXA)
「イトカワ」の大きさ・形の測定、探査機の「イトカワ」周囲の軌道運動の測定によって、 「イトカワ」の密度は、水の2.3±0.3倍程度であることがわかりました。 この値は、地球上の岩石よりもやや小さく、「イトカワ」内部がぎっしりつまった構造ではなく、 すきまがあることが考えられます。 (資料:1 2)試料採取によって、「すきま」に関するてがかりも得られるかもしれません。
着陸には、表面がなめらかで安全に着陸できる、などの条件が考慮され、 「イトカワ」中央部に広がる ミューゼスの海領域が 選ばれました。(イトカワ上の代表的地形)
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提供:ISAS/JAXA「はやぶさ」から撮影された小惑星「イトカワ」
「イトカワ」の大きさは、短径約210〜長径約540m. 自転周期は約12時間
( 資料 比較:横浜ランドマーク・タワーの高さが約300m)小惑星「イトカワ」の自転アニメーション / 「イトカワ」の「北極」について
赤青メガネをかけて 小惑星「イトカワ」の立体CG(コンピュ- タ・グラフィックス)を見る
提供:ISAS/JAXA
着陸地点に選ばれた、「イトカワ」中央部に広がる ミューゼスの海領域(イトカワ上の代表的地形)
提供:ISAS/JAXA
2005年11月09日 放出されたターゲットマーカーと小惑星「イトカワ」
提供:ISAS/JAXA
2005年11月09日 航法誘導試験の降下中に撮影された画像「ミューゼスの海」の表面(左)。赤線は 10m の長さを示す. 左画像が撮影された領域が右に示されています(広角型航法カメラ画像).
提供:ISAS/JAXA
2005年11月09日 航法誘導試験の降下中に撮影された画像(左)「はやぶさ」の影が見えます.
(右)最小高度(約70m)付近で撮影された、近接画像. 最大の岩塊の大きさが約 20m 程度。
2005年11月12日03時に地上からの指令で、「はやぶさ」は 高度約1.4kmから降下を開始しました。最低到達高度は、 約55mでした。15時24分、地上から、 カメラや温度センサーなど搭載している 探査ロボット 「ミネルバ」分離の指令が発信されました。 その結果が15時40分に JAXA相模原管制センター で確認されました。
「ミネルバ」の分離は、地上管制センターからの指令で行われたため、実際に分 離されるまでの十数分間に「はやぶさ」の、イトカワ表面からの位置が変わったため、 実際に分離された時点では、高度は約200m近くに達していました。残念ながら「ミネルバ」を イトカワ表面にとどめることはできなかったようです。 (資料)
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提供:ISAS/JAXA
分離212秒後に「はやぶさ」の広角型航法カメラで撮影された、 「ミネルバ」と思われる物体です。(円内)
「はやぶさ」の影も「イトカワ」上に見えます。「ミネルバ」分離時、探査機は「イトカワ」の重力を打ち消すように噴射を繰り返していた のですが、運悪く上昇中のときに分離が実施されたため、「ミネルバ」を「イトカワ」 表面に投下することはできなかったようです。 「ミネルバ」は分離後「イトカワ」からゆっくりと上昇を続けていた(離れていった) と見られています。(資料)
提供:ISAS/JAXA
同じく、2005年11月12日に行われた2回目のリハーサル降下時に「はやぶさ」から撮影された画像です。
(右画像:広角型航法カメラで撮影)
着陸・試料採取予定地点(A地点)のあるミューゼスの海領域(イトカワ上の代表的地形) や、その左に広がる岩石地域。右のほうの円内には「はやぶさ」の影が見えます。
(左画像:望遠型光学航法カメ)
右画像の四角部分(ミューゼスの海と岩石地域の境)の拡大で、約160mまで降下した時に撮影されました。 1.5〜2cmくらいのものまで識別できるほどです。左上に約1mの長さが示されています。
提供:ISAS/JAXA
「はやぶさ」は、2005年11月19日夜から「イトカワ」に向けて降下を始めました。 上の画像は、20日04時58分に撮影された「イトカワ」です。「はやぶさ」の機体の影が 「イトカワ」表面に映っています。20日05時46分頃、高度約40mでターゲットマーカー投下の信号を (地球側で)受信しました。ターゲットマーカーが「イトカワ」表面に降りたことは間違いない と見られています。
提供:ISAS/JAXA
「はやぶさ」から切り離された、署名入りターゲットマーカー.「はやぶさ」の影がくっきりと小惑星表面に見えます。 (2005年11月20日05時33分、高度32m付近で撮影(左))
提供:ISAS/JAXA
ターゲットマーカーが分離され、「イトカワ」の表面に向かっている瞬間の画像です。探査機「はやぶさ」は、2005年11月20日05時30分に 署名入りターゲットマーカーを分離しました。 分離から約3分後の高度30数m付近で、「はやぶさ」は搭載の広角型航法カメラで、「イトカワ」に投下した ターゲットマーカを撮像しました。 拡大画像では、ターゲットマーカが太陽の光を受けて輝いているのがわかります。(上の画像)
「はやぶさ」は、2005年11月19日21時には、「イトカワ」から高度約1kmで 降下を始めていました。翌20日04時33分、地上からの指令で、最終の垂直降下を開始、目的 とした着地点から、推定およそ30m以内に「はやぶさ」をおろすことに成功しました。
05時30分、高度40m で ターゲットマーカー を切り離しました。同マーカーは、「ミューゼスの海」の 南西側(上の画像上では右上側)に着地したもようです。
「はやぶさ」は、 06時10分頃に距離がほぼゼロとなって、着陸したもようです。 それに続いてさらにもう1回のバウンド現象がみられた後、高度をほぼゼロに保ったまま推移 した期間が約30分間持続しました。
「はやぶさ」は、06時58分に地上からの指令で緊急 離陸を行うまで、その間安定に着地を継続しました。
試料採取のための着陸検出機能は、 障害物検出センサーが何らかの反射光をとらえたため、降下の中断を「はやぶさ」側で 自動的に判断して緊急離陸を試みたものの、探査機の姿勢が適当ではなかったため、降下が 続けられました。こうしたことがあったため、 試料採取のための着陸検出機能は働きませんでした。 (資料)
2005年11月25日〜26日、「はやぶさ」による2回目の着陸・試料採取が行われました。試料採取に必要なすべての指令が実施された事が確認されました。これにより、 世界で初めて、小惑星の表面からの物質採取に成功したと見られています。
「はやぶさ」は、2005年11月25日22時頃に、地上からの指令で、 小惑星「イトカワ」から約1kmの高度から降下を始めました。 翌26日06時頃から垂直降下になり、その後、 着陸と試料採取を行いました。データにより、「はやぶさ」は、物質採取のための弾丸発射に などを終了し、「イトカワ」から高度数kmまで順調に飛行したことがわかりました。
なお、探査機「はやぶさ」は、11月20日に投下した ターゲットマーカーを 今回降下中に撮像した画像で確認することができました。
このターゲットマーカー には、149カ国88万人の名前が記録されています。 (資料)
提供:ISAS/JAXA
2005年11月20日04時58分(投下前)に撮像した「ミューゼスの海」(左)
2005年11月26日06時24分に撮像した画像.赤い円内に光っているのがターゲットマーカー(拡大)
提供:ISAS/JAXA
中央の白い点がターゲットマーカーで、黒いのは「はやぶさ」の影.
(2005年11月26日06時24分、「イトカワ」から高さ約250mでの撮影)イトカワ着陸点名は「はやぶさポイント」という名前になりました (関連ページ)
「はやぶさ」科学的観測の成果
2005年11月26日の離陸後に、燃料もれが発生したと推定されています。 この燃料もれによるガスが噴き出したことで姿勢変動が起こっています。 このため、「はやぶさ」は12月8日から地上と交信できない状況になっています。復旧できる可能性は比較的高いものの、ガスの更なる排出にかなり時間がかかりそうです。 このため、2007年6月に地球にもどる予定は難しくなり、3年間延期することになりました。
2007年春までにイオンエンジンを再び動かすことができれば、2010年6月に地球に帰還させることになるでしょう。 (資料)
2005年12月8日のガス排出が原因と見られる姿勢の変動で、その日以来地上との通信が途絶えたばかりか、 太陽電池の発生電力も極端に低くなってしまい、一度は電源まで落ちたようです。
通常のエンジン(化学エンジン)の燃料や酸化剤はまったくない状態です。イオンエンジン用のキセノンガスは42〜44kg残っているものと 推定されています。
2006年1月23日に「はやぶさ」からの微弱な電波が受信されましたが、 姿勢制御ができないと、アンテナを正確に地球に向けることができないため、「はやぶさ」との通信がまたできなくなる可能性がありました。 そこで、2月6日以降、新たな姿勢制御プログラムを用い、イオンエンジン用のキセノンガスを用いて姿勢制御が行われました。 その結果、3月4日には、太陽方向(このとき探査機からに見て、太陽方向は、ほぼ地球方向に近い) とアンテナの方向が14度まで小さくなりました。
このように、「はやぶさ」との通信状況はしだいによくなり、2月25日には探査機内部の状態を 示すデータが確認できるようになりました。 3月6日には、軌道の推定も可能となり、現在位置・姿勢・現在の探査機の状況を おおまかに知ることができるようになりました。
探査機の電源が一度落ちたため、イオンエンジンや姿勢制御のためのスタートラッカー (星をたよりに 探査機の向きを測定する装置)、姿勢軌道制御コンピューター などが、非常な低温になっていたと推定されています。これらが正常に機能するかどうかは、 まだ確認されていません。
2010年6月の地球帰還に向けた努力だ続けられています。
その後の最新情報:小惑星「はやぶさ(MUSES−C)」トピックス
参考:イオンエンジンについて(月探査機「スマート-1」のイオンエンジン)
小惑星「イトカワ」の代表的地形名
小惑星「イトカワ」Asteroid 25143 Itokawa (1998 SF36) 立体軌道図
イトカワの質量推定
はやぶさ探査機による小惑星イトカワの質量と局所地形の計測
「ミューゼス(MUSES)」とは
「はやぶさ」の位置に影響を与える太陽の光
小惑星「イトカワ」の軌道 〜 過去と未来
世界初の小惑星探査ローバー「ミネルバ」
「はやぶさ」の姿勢制御装置の不具合について
「はやぶさ」科学的観測の成果
「はやぶさ」によるイトカワの科学観測成果、科学雑誌「サイエンス」が特集!
Science June 2, 2006, Vol.312 特集:小惑星イトカワの「はやぶさ」 (Hayabusa at Asteroid Itokawa)
小惑星探査機「はやぶさ」の初期科学成果
小惑星「イトカワ」に関する新たな研究成果 〜 土砂の流動現象
小惑星イトカワにおける地滑り地形の発見
「はやぶさ」の取得したサイエンスデータアーカイブの公開について
赤外線天文衛星「あかり」、小惑星探査機「はやぶさ」が旅立った後の小惑星イトカワの観測に成功!
ISASニュース「『はやぶさ』がとらえたイトカワ画像特集」
2005年
11月04日 1回目のリハーサル降下(結果)
11月09日 航法誘導機能の確認を目的とした降下試験を実施(結果)
- 9日の試験で分離されたターゲットマーカーは、署名入りのものではありません.
- また、同マーカーは、小惑星表面には投下されませんでした.
11月12日 2回目のリハーサル降下
- (1回目とほぼ同じ降下経路.「ウーメラ域」上空を通過後、
- 「ミューゼスの海」へ降下し、探査ロボット ミネルバを投下)
11月19日 第1回着陸・試料採取(署名入りターゲットマーカーを使用. 結果)
11月25日 第2回着陸・試料採取 (結果)
はやぶさ君の冒険日誌/はやぶさペーパークラフト/「はやぶさ」ムービー
小惑星探査機「はやぶさ」物語
はやぶさまとめ
小惑星「はやぶさ(MUSES−C)」トピックス
「はやぶさ」情報・ポータルサイト MUSES-Cホームページ MUSES-C 勝手に応援ページ 小惑星探査機「はやぶさ(MUSES-C)」
小惑星探査機「はやぶさ」
小惑星「イトカワ」
宇宙大航海時代への予感〜小惑星探査機「はやぶさ」とイオンエンジン技術〜 はやぶさの現状と今後の予定
「はやぶさ」ビーズ細工
小惑星情報のページ
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All Rights Reserved Beagle 2
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Photo/Image COPYRIGHT: ESA
以上の画像には、実際の火星到着時のものは含まれていません。
2003年6月頃に欧米の火星探査機があいついで打ち上げられましたが、地球と火星の配置によって、火星まで短いコース、短い時間でいける絶好のタイミングなのです。このような地球と火星の位置関係は、約26カ月毎にやってきます。ESA(ヨーロッパ宇宙機関。イーサ)が初めて取り組む火星探査機計画「マーズ・エクスプレス」では、軌道周回機(オービター)と着陸機(ランダー)を使い、火星の大気・電離層、表面、地下構造などを調べます。
2003年6月3日02時45分26秒(現地時間2日23時45分26秒)に、バイコヌール宇宙基地(北緯46度04分、東経62度59分 地図)からソユーズ・フレガット・ロケットで打ち上げられました。
打ち上げられた「マーズ・エクスプレス」
Copyright: ESA/STARSEM-S. CORVAJA 2003
打ち上げ時の様子など
火星周回軌道上の現在位置
マーズ・エクスプレス探査機は、地球を出発して半年後の2003年12月25日に火星に到着する予定です。到着の6日前の19日には、探査機本体から着陸機が切り離されます。探査機の打ち上げ時の重量は1186kg(燃料480kg、軌道周回機637kg、そして着陸機69kgの合計)、探査機の大きさは1.5x1.8x1.4mという四角い形です。太陽電池板を両側へ大きくひろげ、その端から端までは約12mにもなります。火星をまわる軌道にのってからは、火星の地下構造を電波で調べるための2本のアンテナ(各20m)も反対方向にそれぞれのばします。
地球との交信を行うため、直径1.8mのパラボラアンテナが側面にとりつけられています。側面に取り付けられた着陸機(重さ68.8kg, 直径64cm, 高さ23cm)を火星到着5日前に、スプリング装置で切り離します。その後、本体は火星をまわる軌道に入り、火星周回軌道から7種の観測装置で、687日(火星が太陽を1周)という期間にわたり火星の観測を行います。
軌道周回機からは、火星全面を10mのものまで識別できる高解像度撮影を行うほか、火星表面の物質が反射、放射する光や赤外線を調べ、100mの細かさで鉱物の種類を特定します。(リモートセンシングについて)
同じ原理で、大気中に含まれる分子の特定も行われます。電波は地面にあたると反射しますが、周波数がとても低い電波の場合は地中深くまで電波の一部が届きます。(参考)地下から反射してくる電波を観測すれば、地下構造がわかります。軌道周回機には、火星をまわりながら火星をレーダー観測し、数kmくらいの深さまで地下構造をさぐる装置も積まれます。地下に水や氷が存在すれば、電波が強く反射するでしょう。
火星探査機着陸地点総合図
いっぽう、着陸機のほうは、生物の痕跡を調べるための各種観測装置などを積んでいます。 生物の痕跡を調べる探査機は、1975年打ち上げのバイキング探査機以来です。
バイキング探査機により火星表面の調査では、生物がいるかどうかについていくつかの測定が行われましたが、その結果は生物の存在を裏付けるものではありませんでした。希薄な大気しかない火星(表面ですら気圧は地球上空40kmと同じくらい)には、生物に有害な太陽紫外線が大量にふりそそいでいるため、生物がいる(いた)なら、地下ではないか、とも考えられます。今回の着陸機には、火星の地面を掘る道具もあります。今回の着陸機には、 「進化論」で有名なダーウィンが参加した「ビーグル号」の航海にちなみ、「ビーグル2」という名前がつけられています。地球上の生物について飛躍的な知識をもたらしたビーグル号の航海と同様に、火星の生物について多くの知識をもたらすことを期待しての命名です。
猛スピードで火星大気圏に突入した「ビーグル2」は熱シールドに守られながら降下していき、スピードが時速約1600kmに落ちたところでパラシュートが開きます。その後、上空約200mでエアバッグが広がり、これを使用して着陸します。着陸予定日は2003年12月25日。着陸予定地点は、イシディス平原(北緯10.6度、西経270度 上の写真を参照)。候補にあがっていた地点はいずれも、過去に大量の水があった痕跡の見られる場所でした。そのほかに考慮されたことは、パラシュートが開くのに十分な大気密度のある場所かどうか、極端に寒くなる場所でないかどうか、着陸するのに安全かどうかなど。調査する対象の岩石はある程度ないと困るのですが、あまり多いとエアバッグが地表に衝突した際に裂けてしまう心配があります。
実際に火星に降りる32.7kgのうち、観測機器の分は9kg近くです。(資料)
着陸後、二枚貝のような「ビーグル2」の構造が開き、岩石表面を削る道具や観測機器を備えた機械の腕が展開します。開いたふたの部分からはさらに4枚の太陽電池板が展開します。機械の腕には、パノラマカメラや顕微鏡用カメラがつけられているほか、「ビーグル2」本体にもカメラがあり、合計3つのカメラシステムが備えられて います。
カメラで周囲を調べ、付近の岩の表面をけずり、岩の内部を顕微鏡で調べたり、土のサンプルをオーブンで熱し、出てくる気体を分析することもできます。 炭素の原子には、重いものと軽いものがありますが、生物が自分の体を作るときには軽い炭素原子をより多く使うことがわかっています。分析の結果、 軽い炭素原子が多いという結果がでたら、生物の痕跡である可能性がでてきます。(資料)
地面に穴をあける小型の掘削機(「プルートー」とよばれています。Pluto: planetary undersurface tool)もあり、機械の腕によって表面に置かれると、バネじかけによって6秒に1センチずつ火星表面を進んでいきます。付近にある岩のところまでくると、その下にもぐり込むように進んでいきます。「ビーグル2」から2mほど離れることができ、そこから1.5m ほど掘削し、先端部でサンプルをとります。(資料:1 2 )
着陸地点の鉱物、化学組成や、生物の痕跡さがし、気象の調査をおよそ半年間にわたってこなす予定です。
今回の「ビーグル2」のように、太陽系の他の天体を調べるため、その天体に着陸することがあります。
このような探査を行う場合、地球から微生物を持ち込まないようにする、あるいは地球に他天体からのサンプルを回収するような場合には地球を汚染しないようにするため、国際的なルールが「コスパー」(Committee on Space Research (COSPAR) 宇宙空間科学委員会) という国際科学組織で決められています。「天体に降りて、生物の痕跡を観測したら、地球から持ってきた微生物が見つかった」ではこまります。コスパーでは、探査のしかたと探査する天体によって、滅菌管理の厳しさにランク付けをしています。たとえば、天体のまわりをまわりながら探査する場合より、着陸して探査する場合のほうが管理が厳しくなります。 そうした理由から、火星表面に探査機をおろす「ビーグル2」場合には、滅菌管 理がきびしくなります。探査機の表面1平方メートルあたり微生物数300以下、と いう基準が採用されました。清潔にされた台所の床ですら1平方メートルあたり数十 億もの微生物がいるそうです! 熱に弱い部分もあり、120度という高温にさらして滅菌できない場合もあります。 例えば、太陽電池版はアルコール消毒されます。精密機器部分は、特殊な気体に さらしたり、紫外線などを照射して滅菌します。 探査機本体だけでなく、パラシュートやエアバッグももちろん滅菌処理されま す。(資料: 1 2 3 )
マーズ・エクスプレスのペーパークラフト( 40分の1スケール)
資料
- ESA SCIENCE: Mars Express
- Beagle 2: the British led exploration of Mars
- BEAGLE 2 MARS LANDER, UNITED KINGDOM
- Europe's first adventure to Mars successfully launched
火星リンク集
ビーグル2切り離しが、12月19日17時31分から開始されました。
分離直後のビーグル2が、17時33分、マーズ・エクスプレスから撮影されました。(次の写真の、左のほうに写っています) マーズ・エクスプレスから約20m離れたところを、毎秒約0.3mで遠ざかっています。姿勢を安定させるため、約4秒で回転しています。
分離直後の「ビーグル2」
Photo/Image COPYRIGHT: ESAビーグル2の着陸予定時刻は12月25日11時54分。マーズ・エクスプレスが火星周回軌道にのるのが12時00分頃です。 マーズ・エクスプレスは、ビーグル2からの信号を受信できる位置に調整を行いますが、 はじめのうちは、すでに 火星軌道上にあるNASAのマーズ・オデッセイを経由して 地球に信号を送る(例えば12月25日14時15分頃)か、ジョドレル・バンク天文台の 巨大なアンテナ(直径76m)で直接ビーグル2からの信号を受信する(例えば12月26日07時45分頃)ことになるでしょう。 マーズ・エクスプレスがビーグル2のデータや画像などを中継できるようになるのは2004年1月初めになってから でしょう。 (資料: 1 2 )
よく話題になる地形「火星の顔」を、 マーズ・エクスプレスからも撮影してほしい、というリクエストが世界中から電子メールで 寄せられているそうで、その要望にこたえて撮影を行うそうです。(実現しました!) (資料)
2003年12月25日11時47分から37分間ロケットを噴射し加速したマーズ・エクスプレスは、 予定通り火星をまわる軌道に入り、火星の人工衛星に なりました。回っているメリーゴーランドに乗るときのように、火星の公転スピードに合うよう 加速して、火星の重力にとらえられた形です。ビーグル2からの信号が12月25日現在受信できていません。 26日07時20分〜08時40分にはジョドレル・バンク天文台の 巨大なアンテナ (直径76m)での信号受信が試みられましたが、受信できませんでした。
マーズ・オデッセイを経由しての信号受信のチャンスは まだ14回もあり、1月4日からはマーズ・エクスプレスを経由することも可能になります。 イーグル2からの信号が受信できない理由についてはいくつかの可能性が考えられます。
コースをそれて着陸した場合(この場合でも、ひらけた場所に着陸しているなら、ジョドレル・バンク天文台の 巨大なアンテナ を使えば、地球に向いた火星面どこからの信号でも受信できるはずです)、搭載されたコンピューター の不調が生じ、時計がリセットされてしまった場合(正しくない時刻にマーズ・オデッセイと 通信しようとしている)など。マーズ・オデッセイとジョドレル・バンク天文台 のアンテナを使った ビーグル2の捜索はさらに続きます。次回のチャンスは、マーズ・オデッセイが 12月27日03時14分、ジョドレル・バンク天文台が27日08時20分〜09時00分の間でしたが、 27日の段階でも受信できませんでした。
ビーグル2のバッテリーは、60ワットの電球を約2時間半点灯することができるほどですが、バッテリーが なくなる前に4枚の太陽電池版で充電されます。夜間は極力電力を消費しないよう設計されています。 ビーグル2の動作寿命は6ヶ月ほどと予想されています。
たびかさなる交信努力にもかかわらずビーグル2からの応答はなく、ついに2004年2月6日、ビーグル2運用委員会は、 ビーグル2は失われたと公式に 発表しました。 今後、ビーグル2に関わる問題点の洗い出しが行われ、将来の探査計画に反映させることになるでしょう。
マーズ・グローバル・サーベイヤーによる火星表面の画像に、 ビーグル2 らしきものが写っているというニュースがありました。 マーズ・レコネサンス・オービターの強力なカメラなら、さらに詳しいことがわかるでしょう。
マーズ・エクスプレスは、細長い楕円軌道をもっとまるくするため、 5分間メインエンジンを点火させ、軌道修正を行いました。(1月4日22時13分) これにより、火星から遠くなる距離が約19万kmから約4万kmになりました。
今回の軌道修正により、1月7日21時13分には、ビーグル2着陸地点上空約350kmを通過しましたが、 ビーグル2からの信号はキャッチできませんでした。さらに通信をとる試みが今後おこなわれますが、 今回のかなり理想的な通過でも成功しなかったことから、見通しは悲観的になってきています。 。(主な資料)マーズ・エクスプレスは今後、さらに2度(1月6〜7日と10〜11日)軌道修正をし、1月中に火星最接近高度約300km、 最遠高度約11000kmの楕円軌道にもっていく予定です。 (資料)
マーズ・エクスプレスの3回にわたる軌道修正
Credits: ESA 2003
ビーグル2からの信号はこのようなルートで地球にとどきます / 信号受信予定時刻など
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火星の衛星「フォボス」
Credit: ESA/DLR/FU Berlin (G. Neukum)(左から)1〜3枚目の画像は、2004年8月22日(756周目)に、マーズ・エクスプレスの 高解像度ステレオカメラによって、 火星の衛星「フォボス」を200km以内の距離から撮影した画像。フォボスは火星に同じ面を 向けながら火星を周回しています。この画像は火星に面した側。画面左側に見える巨大なクレーターの名は スティックニー。
3枚目の画像は、画像合成で作られた立体視用。(このようなメガネでごらんください)4枚目の画像は、左上から413周目、649周目、682周目、715周目、748周目、413周目にそれぞれ撮影されたフォボス。 (マーズ・エクスプレスの現在位置 / マーズ・グローバル・サーベイヤーによるフォボス / 火星の衛星データ)
2010年3月4日の「フォボス」接近時の記録など
マーズ・エクスプレスからの最新画像など
マーズ・エクスプレスからの火星画像によるスクリーンセーバー (立体画像なので、このようなメガネでお楽しみください)
マーズ・エクスプレスがとらえた「火星の顔」
火星探査機「バイキング1号」の 軌道周回機 が1976年に撮影した「火星の顔」とよばれる、幅1.5kmの地形は、 1998年には、マーズ・グローバル・サーベイヤーによっても撮影されました。
Credit: FU Berlin/MOLA
マーズ・グローバル・サーベイヤーの観測による地形高低図におけるシドニア地域(枠内)
ここに「火星の顔」とよばれる地形があります。(北緯40.75度.東経350.54度)
(バイキングやマーズ・グローバル・サーベイヤーによる「火星の顔」は、こちら)2006年7月22日には、マーズ・エクスプレスがこの地形を観測することに成功しました。今回の画像は、地上の 13.7mのものまで識別できる鮮明さです。 (資料)
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Credit: ESA/DLR/FU Berlin (G. Neukum)
真上から見た状態。ほぼ中央に「火星の顔」が写っています。
右は赤・青のセロハンをはったメガネで見てください。立体的に見えます。
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Credit: ESA/DLR/FU Berlin (G. Neukum)
真上から見た状態。右下に「火星の顔」が写っています。
右は赤・青のセロハンをはったメガネで見てください。立体的に見えます。
Credit: ESA/DLR/FU Berlin (G. Neukum)
斜め方向から見たようす
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Credit: ESA/DLR/FU Berlin (G. Neukum), MOC Malin Space Science Systems
斜め方向から見たようす
Credit: ESA/DLR/FU Berlin (G. Neukum)
真上から見たようす. 赤・青のセロハンをはったメガネで見てください。立体的に見えます。
Credit: ESA/DLR/FU Berlin (G. Neukum), Malin Space Science Systems
真上から見たようす. 赤・青のセロハンをはったメガネで見てください。立体的に見えます。
シカゴ近郊に落下した隕石のひとつ
(University of Chicago News Office)2003年3月26〜27日の真夜中頃(現地時間)、アメリカ中西部のイリノイ州、インディアナ州、オハイオ州、ウィスコンシン州の住民は、全天を明るく照らすほどの大流星を目撃しました。空中でその天体は爆発したため、数秒間、真夜中が真昼のようになったそうです。
火災現場取材中のカメラがとらえた空の明るさの変化 空中で爆発した大流星は、直径1〜2m程度、重量10tほどの岩石質の小惑星と見られています。
イリノイ州ブルーミントン北部からシカゴ南方、インディアナ北西部にかけての長さ130km、幅30kmほどの広さに、多数の破片が散らばっているらしいという報道もあります。イリノイ州シカゴの50kmほど南方にあるパークフォレストの警察署には、小石からソフトボール大の約60個の破片が持ち込まれたそうです。2kgもの隕石が屋根を破って、窓にあたり、床を転がってからクローゼットの鏡が割れたという家もあります。驚いて目を覚ました13歳の少年のベッドのそばに隕石が落下していたそうです。直撃された車もあるようです。消防署の屋根に穴をあけた破片も見つかっています。幸いけが人は報告されていません。地上衝突時のスピードは時速190kmほどと見られています。シカゴ大学の隕石専門家であるグロスマンさんやサイモンさんは、ふだんはシカゴ南近郊の住まいから隕石を調べるため、シカゴのハイドパークにある研究室まで通勤しているのですが、彼らにとって今回は隕石のほうからやってきた、というわけです。
グロスマンさんは真夜中を少しまわった頃、爆発音で目が覚めたそうで、サイモンさんは現地時間23時50分頃(日本時間27日14時50分頃)に空が明るくなったのを見たということです。サイモンさんはその日、隕石を警察に持ってきた住民から情報を集めるのに大忙しだったようです。
隕石収集家や隕石売買を行っている人たちがパークフォレストやその周辺にやってきていますが、警察では、貴重なものですから気やすく手放さないほうがいいでしょう、と住民にアドバイスしているそうです。
写真が紹介されているページ
住民らによって数100個もの破片が集められ、全体で30kgほどになりました。 グロスマンさんらは、今回の隕石は L5という、普通の 種類の コンドライトと分類しています。 かつて、小惑星の一部であったものが、別の小惑星との衝突で破壊、分離したものと見られ、 今回の隕石には、かなりの衝撃を受けた痕跡が見られるそうです。大気圏突入前には、約900kg以上の塊であったようで、 破片は南東から北西にかけての分布で回収されました。 一方、人工衛星からの観測データを分析した ピーター・ブラウンさんは、隕石は南西から北東に向かっていった と結論しています。大気中でばらばらになった破片は、落下中に強い西風に吹かれています。とくに小さな破片は風によってかなり 東へ移動し、大きな破片はそれほどコースから外れませんでした。この結果、隕石分布が突入方向と異なったと考えられます。 (資料)
直径1m以上の小惑星が大気圏に突入すること自体は珍しくなく、年間約40個が大気圏に突入している、という見積りがあります。そのほとんどは人口がまばらな地域や海上で起こるため、目撃例が少ないのです。
資料
1972年3月3日フロリダ州ケープカナベラル(1963年〜73年当時はケープケネディとよばれていました)からNASAの探査機「パイオニアF」が打ち上げられ、木星に向かう軌道にのり、「パイオニア10号」と改名されました。(翌73年4月6日には、兄弟機である「パイオニアG」が打ち上げられ、「パイオニア11号」と改名されています)

パイオニア10号(パラボラアンテナの直径2.74m、燃料を含まない重量258kg)
10号は1973年12月4日、木星から木星半径の約2.8倍まで接近し、木星の重力を利用して太陽系脱出コースに乗った最初の人工物体でもあります。
木星以上遠くの、太陽から遠く離れた空間では、太陽電池を相当大きくしなければならず、現実問題として難しくなります。そこで、プルトニウムの崩壊熱を熱電対に使い電気を起こすという「放射性同位体熱電発電機」(RTG)というものをパイオニア10号は積んでいます。
(関連ページ:ゼーベック効果について:1、2、3)
プルトニウム238の崩壊熱を利用した熱電対で電力を得ていたわけですが、長い年月とともに性能が衰え、電力低下で、送信される信号も弱くなっていきました。
とはいえ、木星探査が主な目的で、21カ月機能すればよかったわけですから、その寿命はたいへんなものです。当時の技術の高さがわかります。(打ち上げ当時1972年頃はこんな世の中でした)
1997年3月31日で運用予算が打ち切られ、最近まで、微弱な電波を受信する通信技術上のテストで利用されていただけでした。
その微弱な電波も、2003年1月22日〜23日にスペインのマドリードの西60kmにある探査機追跡施設マドリード・ステーションでなんとかとらえられていましたが、2月6日〜7日の受信では、もう受かりませんでした。もはや、電力の低下で送信機がまともに動かなくなったと見られています。(資料)
天文学者の故カール・セイガン博士やフランク・ドレイク博士らが考案した「宇宙人へのメッセージ」を記した銘板(金メッキしたアルミ板(縦15.2cm横22.9cm)には、人間の大きさやこの探査機がどこからきたのかの情報が表されています)をたずさえたパイオニア10号、11号は、いまも孤独な飛行を続けています。
10号は、およそおうし座のオレンジ色がかった1等星アルデバラン方向に向かって飛行を続けており、約200万年後にアルデバランのちかくに達します。11号はわし座方向へ飛行を続けており、そのなかの星に約400万年後にちかづくでしょう。
(資料)
2003年3月現在、太陽から約82天文単位のところを秒速12kmという猛スピードで飛行しています。
パイオニア10号にとりつけらた銘板(大判/英語解説/取り付け位置)
孤独な旅を続けるパイオニア10号(想像画)
いまから50億年ほど未来、ふくれあがった太陽に地球がのみこまれてしまう頃になっても、これらの探査機は誰にも発見されず、孤独な旅を続けているかもしれません。
このニュースの画像・写真: CREDIT NASA
資料
関連ページ

ラパルマのスウェーデン1m太陽望遠鏡
Credit: the Royal Swedish Academy of Sciences
構造図:1
2
大西洋カナリア諸島の島、ラパルマに2002年3月にオープンした「スウェーデン1m太陽望遠鏡」は、その名のとおり、口径1m(正確には97cm)の、太陽を専門に観測する望遠鏡です。(性能をフルに発揮できる状態になったのは同年5月から)
太陽表面のできるため細部まで観測することが、太陽表面の現象を解明する上で重要です。昼間の観測中、太陽熱で熱せられた地面に近いところでは、空気がかげろうのように揺らいでいます。空気の揺らぎが太陽の細部の観測の妨げになります。このため、太陽望遠鏡は、地表から離れ、塔や高い建物になっていることが多いのです。また、太陽望遠鏡の筒内は、かげろうが発生しないよう、真空ポンプで空気が抜かれることも多いのです。
つぎの画像(静止画・動画とも)は、いずれもスウェーデン1m太陽望遠鏡による2002年7月15日の太陽黒点のものです。(同じ黒点(活動領域10030)は、2002年7月18日に科学館の望遠鏡でも
とらえられています。右上の大きな黒点です)
(1.1MB)
Credit: the Royal Swedish Academy of Sciences
周囲にある1目盛りが1000kmの長さ(東京・横浜〜鹿児島の間くらい)です。
色彩は鑑賞のためにつけられたものです。
(3.4MB)
Credit: the Royal Swedish Academy of Sciences
大きい方の黒点の一部です。1000km間隔の目盛りがあります。
(385KB)
Credit: the Royal Swedish Academy of Sciences
これら a, b, c, d 4つの写真にはそれぞれ小さな黒点が画面いっぱいに
写っていますが、その周囲には hairs (毛)と名づけられたような模様が
みられたり、canals (運河) と名づけられたようなすじが走っていたりします。
d の写真をみると、半暗部にみられる「そうめん」のような細長いすじ状模様に
ねじれたところがあるのがわかります。1000km間隔の目盛りが入っています。
「運河模様」の動画(Quicktime 4.6MB)
半暗部の「すじ模様」の動画(Quicktime 3.1MB)
半暗部の「すじ模様」の動画(Quicktime 8.3MB)
こうした細かい構造は、これまでの観測では見つけることができませんでした。
これらの構造がどのようにして生じているのか、今後の研究が待たれます。
資料
★ 関連ページ
グロウト・レイバー(1911 12/22 - 2002 12/20)

レイバー 1975年
レイバー 1988年

庭に作られた電波望遠鏡(写真は1938年頃)
国立電波天文台に寄贈されたレイバーの電波望遠鏡
国立電波天文台に寄贈されたレイバーの電波望遠鏡
レイバーが発表した天の川の電波強度分布図
カール・ジャンスキー(1905 10/22 - 1950 2/14) はウィスコンシン大学で物理を学んだあと、1928年に電話会社のベル電話研究所に入りました。当時、ベル研究所では、大西洋を横断する短波通信の研究をしていました。ジャンスキーは短波受信機に入ってくる雑音の原因を調べるよういわれ、雑音電波のやってくる方向がわかるよう、T型フォードの車輪の上に回転するアンテナを乗せて調査をはじめました。(この異様なアンテナは「ジャンスキーのメリーゴーラウンド」とよばれたそうです)
ジャンスキーは、雷の電波以外に、銀河系の中心方向から電波がきていることを突き止めました。(1931年。発表は1932年12月の論文)
このジャンスキーの発見に刺激されたのが、アマチュア無線家であったグロウト・レイバー(レーバーとも。1911 12/22 - 2002 12/20)でした。宇宙からの電波を調べようと、ベル研究所や天文台に職を求めましたが、当時は世界大恐慌のまっただ中であり希望する職はとても見つかりませんでした。しかたなく彼は、技師として無線会社に勤務するかたわら、イリノイ州ホィートン(シカゴ近郊)の自宅の裏庭に、世界初の天体観測用アンテナ(電波望遠鏡)を私財を投じて作ったのです。(1937年)
レイバーのパラボラアンテナは直径9.57mで、9m先に電波を集める焦点があります。感度の良い受信機もつけたこのアンテナは、ジャンスキーのアンテナよりもはるかに短い波長で観測できるものでした。このアンテナによって彼は、空のどの方向から強い電波が来るか、天の川の電波の強度分布図をはじめて作ることができたのです。その結果は1940年と1942年とに発表されました。
1933年〜1947年までシカゴの無線会社に勤務していたレイバーは、アマチュア天文家にすぎませんでしたが、戦後に電波天文学が本格的にはじまるまでの数年間、世界でただひとりの電波天文学者であったわけです。
レイバーのアンテナは1960年代はじめに、アメリカ、ウェスト・ヴァージニア州にある国立電波天文台に寄贈され、いまも歴史的記念碑として残されています。
1962年には、アマチュアとしての業績がたたえられ、「ブルース・メダル」を授与されました。
1950年代からは、通常電離層を通ってこない、波長150〜300mという超長波の観測に関心をもつようになります。そして、太陽活動が静かなとき、比較的この波長の電波が観測しやすいタスマニアに移住することを決心します。2002年12月20日、91歳の誕生日まであと2日を残し、タスマニアで生涯を閉じました。
資料
星空を背景に移動していく小惑星2002AA29(アニメーションGIF 1.6MB)
Source: http://www.astro.queensu.ca/~wiegert/AA29/AA29.html
ハワイ、 マウナケア山頂にあるカナダ-フランス-ハワイ望遠鏡(口径3.58m)で撮影された、複数画像を組み合わせたアニメーションです。2002AA29の移動がわかりやすいように線が記入されています。
2002年1月9日に、アメリカ、ニューメキシコ州にある観測所(マサチューセッツ工科大学のリンカン研究所による地球接近小惑星研究計画「リニア」(Lincoln Near Earth Asteroid Research)の観測施設)の口径1m望遠鏡でたまたま発見された小惑星 2002 AA29 (19.8等という明るさから、大きさは50〜110m程度と見られています) は、地球軌道とよく似た軌道で太陽をまわっており、その軌道は興味深い性質をもつことがわかりました。
2000年〜2005年の地球と小惑星2002AA29の軌道運動(アニメーションGIF 1.4MB)
地球の軌道は白、2002AA29の軌道は青で示されています。
Source: http://neo.jpl.nasa.gov/2002aa29.html
2002AA29の軌道面は地球の軌道面に対し、約10度傾いています。
2002AA29は地球からあまり離れませんね。
2002AA29は地球と同じ1年で太陽をまわっています。
つぎに、メリーゴーランドの馬にのったつもりで、太陽をまわる地球といっしょに太陽のまわりをまわりながら、2002AA29の動きを追ってみましょう。地球といっしょにみなさんも太陽のまわりをまわりながら見ていますから、地球は止まっているように見えます。
地球に対する2002AA29の動き(アニメーションGIF 3.8MB)
Source: http://neo.jpl.nasa.gov/2002aa29.html
これは1903年〜2007年の動きです。
とてもおもしろい動きかたですね。上下方向に大きく動くのは、軌道が約10度傾いているからです。1周1年のループを描きながらループの位置がずれていきます。
1903年から数年間は地球に近づいていくのですが、それ以上は近づかず、今後は地球からどんどん離れていきます。95年すると、地球の反対側にまわってきます。また地球に近づいていくのですが、やはり近づきすぎず(2003年1月9日04時頃、約590万km、月までの距離(約38万km)の15倍くらいまで接近します)、地球に反発するようにまた離れていきます。また95年後の2098年には反対側にやってきて同じ現象が起こります。このような動きをくりかえし、計算の結果、少なくとも今後数千年間、地球には、月までの距離の約12倍以内には近づきません。その後はどうなるか、いずれ地球に衝突することがあるのかどうか、わかっていません。
ループが、地球近くの空間をはさんだ馬蹄形(馬蹄形(ばていけい)磁石の形.ギリシャ文字のΩのような)のような動きをしていますので、このような性質をもつ軌道を「馬蹄形軌道」(horseshoe orbit)ということがあります。2002AA29の実際の軌道の形は、地球なみにとても円に近いものです。ほかにも馬蹄形軌道をもつ小惑星がありますが、地球軌道とこれほどよく似た例はありませんでした。地球と軌道を共有しているかのようです。
地球から見た2002AA29の動き(MPEG動画 1.3MB 青いのは地球の軌道)
Source: http://www.astro.queensu.ca/~wiegert/AA29/AA29.html
地球に接近してきたと思うと今度は離れていきます。
なぜ、このような奇妙な動きをするのでしょうか、地球と軌道を共有するため、地球とぶつからないよう、地球に近づかないよう注意をしているかのようです。
地球の進行方向の後方からこの天体が近づいたとき、地球の重力で引っぱられ、少し加速されます。すると天体はいきおいがついて軌道がすこし大きくなります。ケプラーの第3法則によりますと、大きな軌道ほど太陽のまわりをゆっくりした周期でまわります。
したがって、軌道が少し大きくなった天体は、地球よりもゆっくり太陽をまわるようになり、地球から離れていきます。
毎年すこしづつ地球から離れていき、95年すると、今度は地球の進行方向から地球に近づいてきます。再び地球の重力に引っぱられますが、公転の向きと逆方向からひっぱられるため、減速してしまいます。すると、いきおいが減って軌道がすこし小さくなります。小さい軌道は太陽のまわりをはやい周期でまわります。
こうして、今後は地球の前方のほうへ離れていくのです。95年後、また同じようなことをくりかえすのです。数千年にわたり、決して、地球の近傍(Ωの字のすきまの部分)を横断して反対側にいくようなことはありません。
2002AA29の軌道が約10度も傾いていることが原因なのですが、数千年間分の軌道計算から、まれに、2002AA29が地球近傍に入り込むことがわかりました。(そのとき、軌道の大きさの規則的な変化が少し乱されるのです。詳しくは、こちらの論文の最後のページに軌道変化のグラフがあります)
すでに紀元後550年頃に起こったはずで、次回は2600年、そして3880年頃にそのようなことが起こります。地球近傍にとどまっている状態は約50年も続いてから、入ってきた側と同じ側に離れていき(もう一方の側への横断はやはりしません)、馬蹄形軌道のパターンにもどります。
地球と2002AA29の動き〜一時的に地球の衛星のようになったとき
(アニメーションGIF 1.8MB 右に、地球を固定して見たようす)
Source: http://neo.jpl.nasa.gov/2002aa29.html

地球に対する2002AA29の動き〜一時的に地球の衛星のようになったとき
地球近傍にとどまっているときの2002AA29の動きを見てみると、まるで1年かかって地球のまわりをまわっている衛星のようですが、実際にはどちらも太陽のまわりを公転しているのです。一時的にせよ地球の衛星になったわけではありません。
地球と軌道を共有する小惑星が発見されたことから、今後もこのような天体がまだまだ見つかるかもしれません。地球から比較的少ないエネルギーで到達できることから、将来は探査や資源の対象として利用されるかもしれません。
資料
★ 関連ページ
1953年の衝突と思われるクレーター
Courtesy of NASA/JPL/Caltech
アメリカ、オクラホマ州タルサの放射線医でアマチュア天文家レオン・スチュアートさん(1969年1月死去)は、1953年11月15日(現地時間)の晩、口径20cmのニュートン式反射望遠鏡に自作のカメラを取り付けてテスト撮影をしていたところ、月面に現れた輝きを偶然観測し、撮影にも成功しました。この光は、8秒から10秒続いたということですが、人工衛星がまだひとつも存在しない時代ですから、人工衛星からの反射光、という可能性はありません。
1956年には、月惑星観測者協会の会誌であるThe Strolling Astronomerにスチュアートさんによる月面発光の写真が掲載されましたが、とくに専門家の間では合成写真ではないかと疑いの目でみる者が多かったようです。
本気にされないまま、長い年月がたち、1999年になると、しし座流星群の流星物質が月面に衝突する閃光が観測されました。このことから、スチュアートさんの観測が再び注目されることになりました。
しし座流星群の流星物質の、とくに大きなものが月面にぶつかったのでしょうか?
レオン・スチュアートさんが撮影した1953年の月面発光
Image Courtesy: Dr. Leon Stuart
写真から、
ジェット推進研究所のボニー・ブラッティーさんらは、
衝突した物体の直径は約20m、できたはずのクレーターの直径は1〜2km程度と見積りましたが、地上からの観測では、衝突の跡が小さすぎて確認できません。そこで、さがす範囲を35kmの幅の地域に限定し、まずは1966〜1967年に月面を撮影した「ルーナーオービター」による記録を調べましたが、それらしきクレーターは見つかりませんでした。
それでは、ということで、もっと詳しい月面写真をあたることになりました。
1994年1月26日にアメリカが打ち上げたクレメンタインという月探査機が月をまわる軌道から得た月面画像を丹念に調べ、スチュアートさんが観測した位置に、それらしきクレーターをついに発見しました。(写真)
「シュレーター」と「パラス」という2つのクレーターの間、北緯3度53分、西経2度17分にある直径1.5kmほどのこのクレーターは、噴出物が周囲に飛び散っていて、いかにも新しそうです。 このクレーターは青みがかっており、他の若いクレーターよりさらに若いと見られています。
ブラッティーさんらは、このクレーターをつくった衝突時のエネルギーは約0.5メガトン(広島型原爆の約35倍)、こうした規模の衝突は、50年に1度月面に起こっていると、ブラッティーさんらは見積もっています。
資料
反論
さらに、写真を精密に測定したところ、ブラッティーさんらが見つけたクレーターと閃光のあった場所は一致せず、30kmずれているということも判明しました。 ということは、「なぞ」がふりだしに戻ることになります。スチュアートさんがとらえた閃光は何だったのでしょうか?
8秒以上も閃光が続いていたとすると、少なくとも直径80kmのクレーターができていないとおかしい、と主張する専門家もいます。天体の衝突でないとすると、たまたま観測者の方向に向かってくるような流星だったのでしょうか? それにしてはあまりにも閃光が円形に写っています。8秒以上見えていた、というのも流星にしては長すぎます。
なお、スチュアートさんが撮影したオリジナルの乾板は行方不明であり、複製や高画質プリントしかないということです。(資料: Lunar Flash Doesn't Pan Out; J. Kelly Beatty, "A Detective Story", Sky & Telescope, May 2003, p.10; J. Kelly Beatty and Monica Bobra, "The Moon's Youngest Crater?", Sky & Telescope, May 2003, p.24 )
★ 関連ページ
天王星とそのリング・衛星7つ
Credit:
The European Southern Observatory
写真説明
チリ北部のアタカマ砂漠のパラナル天文台にある、 4台の口径8.2m望遠鏡のひとつ、「アントゥー望遠鏡」(「アントゥー」とは、現地マプーチェ族のことばで「太陽」の意味)が、2002年11月19日に、とらえた近赤外画像です。
近赤外線というのは、可視光の赤の端から、赤外線のうち波長の短めの部分をいいます。
地上の大型望遠鏡でも可視光では天王星のリングをなかなかとらえることができません。ところが、波長2.2マイクロメートルという近赤外線は、天王星大気中のメタン分子にほとんど吸収されてしまいますので、この波長で観測すると(上の写真のように)天王星がとても暗く写るのです。
(このページの
図3のグラフは、木星の場合ですが、観測する波長(横軸)によって反射の強さ(縦軸)がどう変化するかを示しています。木星大気中のメタン分子による吸収で2.2マイクロメートル付近の反射がほとんどないことがわかります)
いっぽう、リングをつくる氷成分は太陽光をよく反射するので明るく写っています。
こうして、天王星のリングが地上の望遠鏡でもとらえることができたわけです。(天王星のリング発見について)
上の写真には7つの衛星も写っており、その名前が記入されています。「ポーシャ」と「パック」は約21等という暗い天体で、かろうじて写っています。写っている天王星の大きさは角度の3.5秒ほどです。
資料: VLT Obtains Unusual View of Well-Known Solar System Object
2003年のハッブルの観測で見つかった新しいリング R/2003 U 1 と R/2003 U 2 が示されています。この2つのリングは非常にかすかで
あるため、撮像するには長時間露出が必要でした。同じく2003年にハッブルで発見された2つの衛星のひとつ
リング粒子の一部は再び「マブ」に降り注ぐものや、時間がたつにつれ、徐々に
太陽光の影響で天王星に接近し落下する粒子もあるでしょう。こうして
R/2003 U 1 のリング粒子はなくなっていくはずですが、一方で「マブ」からは隕石衝突による粒子が供給され、バランスがたもたれているようです。
R/2003 U 1 はこれまでに発見されたリングの2倍ほど天王星から離れたところにあります。
新たに発見された2つめのリング R/2003 U 2 は、 これまでに発見されたリングと 今回の R/2003 U 1 の間で、
衛星ポーシァ
とロザリンド
の軌道の間にあります。
この R/2003 U 2 は、すでに発見されている衛星の軌道の間にあり、塵粒子をリングに供給しているような衛星は見当たりません。
未発見の衛星があるのか、あるいは、
過去に存在していた衛星が小天体との衝突で粉々になった結果が R/2003 U 2 かもしれません。
天王星の衛星は2つのグループにわけることができます。探査機が天王星を探査する以前から知られていた直径数100kmクラスの
大型の衛星5つ(天王星から離れたところをまわっています)と、探査機の時代に入って、あるいは最近の観測で発見された直径数10km以下の
小さな衛星(天王星に近いところをまわっています)です。今回発見されたリング2つと衛星2つ(S/2003 U 1 Mab(マブ)
S/2003 U 2 (Cupid(キューピッド)と呼ばれ、直径12kmほど)は、いずれも大型衛星5つの軌道よりも
内側にあり、これまでに発見されていたリングの外側にあります。
S/2003 U 1 は、天王星から97700km離れた軌道を22時間09分で1周しています。
なお、天王星のリングのうち、最初に発見された9本は、
1977年に行われた地上の望遠鏡による観測からです。
(関連ページ:
1
2
3)
☆ NSSDC 天王星ページ
☆ ハッブル・スペーステレスコープ物語
新たに見つかった2つのリングと2つの衛星
天王星とその衛星・リング
Credit: NASA, ESA, and M. Showalter (SETI Institute)
天王星とその衛星・リング(図解)
天王星の新衛星 S/2003 U 2(QuickTime動画)
Credit: NASA, M. Showalter (Stanford University/NASA Ames Research Center), J. Lissauer (NASA Ames Research Center)
2005年8月25日に撮像.1コマ4分露出・5分間隔の画像.
S/2003 U 2 の下に見える明るい点は 衛星
ベリンダ.
S/2003 U 2 の上に見える別の天体は 1986年に
ヴォイジャー探査機
によって見つかった衛星 S/1986 U 10.
上の最初の画像は、2003年と2005年にハッブル・スペース・テレスコープの
高性能掃天カメラで撮像されたものです。2003年、2005年それぞれの画像は、
複数の観測で得られた画像を組み合わせたものです。
(直径16kmほどと見られているこの衛星 S/2003 U 1 は、シェークスピアの作品に登場する
Queen Mab の名から Mab(マブ)と呼ばれています)
に隕石衝突する際に舞い上がる粒子が「マブ」の軌道上に広がり、
R/2003 U 1 のリングになっているようです。
S/2003 U 2 は、天王星から74800km離れた軌道を14時間50分で1周しています。
今回の発見を行ったチームのひとり、マーク・ショワルターさんは、
1986年に天王星に接近したヴォイジャー探査機によって撮像された画像100枚近くを改めて
注意深く調べたところ、
今回発見された2つのリングが写っていたことが判明しました。
ヴォイジャー接近時の頃には、内側にある、他の2つのリングと10個の衛星が見つかりましたが、誰も今回のリングには気づきませんでした。
あまりにもかすかなリングであり、予想以上に天王星から離れていた場所にあったためです。
★ 関連ページ
☆ 天王星の新衛星発見!
☆ 14年ぶりに再発見された天王星の2衛星
☆ 天王星・海王星にダイヤモンドの雨!?
☆ NSSDC 天王星衛星データページ
☆ NSSDC 天王星リングデータページ
☆ ボイジャー2号の天王星探査概要
☆ NSSDC ボイジャーページ
☆ NSSDC ボイジャー2号のページ
☆ ボイジャー計画のページ
☆ ボイジャー1号・2号の軌道データ
☆ 太陽をまわる天体や人工天体の軌道データ
☆ 土星リングのページ
☆ 木星のリングの映像と情報
★ ハッブル・スペース・テレスコープが2003年8月に観測した天王星と海王星
★ 天王星についてもっと詳しく知りたい人のために→<ザ・ナイン・プラネッツ - 天王星のページ>
☆ 天王星の今夜の出没時や星空での位置を知りたい人のために→<オンライン天体暦>。Windows ユーザーならこちらのプログラムで計算して調べることもできます。
太陽をまわる軌道から地球をまわる軌道にもどってきたアポロ・ロケット
発見時の J002E3(時間経過とともに移動しています。円内の天体)
Credit: Bill Yeung

9月12日の J002E3(約12分間の移動)
Copyright: Brad Timerson
The image was taken using the 14" Celestron of the Telescopes in Education program at Mt. Wilson. Mystery Object J002E3 Gallery より
地球をまわる軌道に入り再び去っていく J002E3(2 MB)
2002年9月3日
しだいに観測が集まり、軌道が求められると、小惑星だと思われていたこの天体は、なんと地球のまわりをまわっていることがわかったのです!
なぜ今まで見つからなかったのでしょう? いったいその正体は?
軌道運動をさかのぼって過去の軌道を追跡していくと意外なことがわかってきました。
この天体は、つい最近、2002年4月〜5月に地球をまわる軌道に入ったのです。現在約50日の周期で地球をまわっています。その軌道は、地球に近いところで約31万km、遠いところで約84万7千km程度です。(軌道要素など)
それまでは太陽をまわる軌道をまわっていました。
地球から太陽方向へ約150万kmいったところにある(太陽-地球系の)ラグランジュ・ポイント(ここでは、太陽と地球による重力と、太陽-地球回転系における遠心力とが釣り合っています。上のアニメーションにある L1 という場所です)付近をたまたま通過した J002E3 が地球をまわる軌道に移ってきたのです。
さらに過去へ軌道をさかのぼっていくと、その軌道は常に地球軌道の内側だったのですが、1970年代はじめ、あるいは1960年代おわり頃には地球に接近していたらしいことがわかりました。さまざまな想定ケースの軌道が、1970年代はじめの地球接近時に、ラグランジュ・ポイントを通って、地球をまわる軌道にたどりつきました。
当時地球をまわっていた天体がラグランジュ・ポイントを通って、いったん太陽をまわる軌道に移り、再び2002年に同じようにして地球をまわる軌道に舞い戻ったらしいのです!
この天体の正体は、30年ほど前のアポロ計画で、アポロ宇宙船を月への軌道に乗せた、「サターン5型ロケットの3段目」(S-IVB 直径6.6m、長さ17.8mの円筒形)ではないか、との見方が出されています。とくに、アポロ12号のときのもののようです。(国際標識 1969-099B 1969年11月18日に月のそばを通過)当時の最後の記録では、地球を(現在より少し短い)43日の周期でまわっていました。(アポロ12号関連ページ:
1
2 )
観測されている明るさもサターン5型ロケットの3段目と一致するようです。
アポロ宇宙船を月に向かわせた「サターン5型ロケットの3段目」
ケネディ宇宙センターにて
アポロ8号宇宙船から分離後
アポロ8号宇宙船から分離後
サターン5型ロケットのしくみ
アポロ12号のサターン5型ロケット
3段目(S-IVB)がどの部分かわかりますか?
(Photo Credit: NASA)
J002E3 の今後の軌道は、(現在わかっている J002E3 の軌道の精度を考慮して)20%の確率で2003年中に月面に衝突し、約3%の確率で(10年以内に)地球大気圏に突入するそうです。アポロ計画のときには、人工地震を月に起こすためにわざとロケットを月面に衝突させたこともありました。月の内部を地震波で調べるためです。
(3段目を月面に衝突させたときの記録例(アポロ14) と アポロ・ロケット等を月面衝突させた地点資料:
1
2)
その後の観測と計算によりますと、J002E3 は地球を9〜10周した後、1971年3月に地球をまわる軌道から離れ、31年間太陽のまわりをまわり(すこし地球軌道の内側のため、この間 J002E3 は33周しました)、2002年4月に地球をまわる軌道へともどってきました。地球を6周ほどして、2003年6月には再び地球をまわる軌道から離れて太陽をまわる軌道に移るのはほぼ確実のようです。それまでに月に衝突する確率は1%もなく、地球大気圏には突入しないということです。仮に大気圏突入の場合でも地表には達しないで分解してしまうということです。数十年先には再び地球をまわる軌道に戻ってくるでしょう。数千年以内には地球や月に衝突することになるということです。(資料: 1 2)
天然のものか人工のものか? もしも新しい「地球の月」ということになると、この天体には S/2002 E 1 という符号が(国際的な取り決めにより)つけられることになるでしょう。初めの S がSatellite(衛星)の意味で、E 1 の E はEarth(地球)の意味です。2002年に発見された地球の衛星で1番目のもの... ということです。(その後の観測で、アポロ・ロケットの可能性がかなり高くなりました)
J002E3 の軌道計算を行い、アポロ・ロケットである可能性を指摘したジェット推進研究所のポール・チョウダスさん(Paul Chodas)について
資料
アリゾナ大学、月惑星研究所の、スチュワード天文台にある口径61インチ望遠鏡(口径1.54m)を使用した2002年9月12日、13日の観測によると、63.5秒に1度、あるいは127秒に1度の回転をしているらしいことがわかりました。正確な自転周期は今後の観測で明らかになるでしょう。
アリゾナ大学のチームは、J002E3 の色についても観測し、サターン5型ロケットの3段目に使用されていた塗料とも一致することがわかりました。このことは、マサチューセッツ工科大学の研究者らの赤外線 スペクトル観測からも確認されました。(資料)
アメリカ空軍とNASA/JPLが共同で行っているNEAT(Near-Earth Asteroid Tracking 地球接近小惑星追跡)計画では、2つの場所、ハワイのマウイ島、ハレアカラ山の山頂のアメリカ空軍の人工衛星監視サイトと、カリフォルニア州のパロマー山天文台のそれぞれにおいて、口径1.2m望遠鏡に特殊なカメラを用い、地球に接近する小惑星や彗星の発見・追跡を行っています。
2002年10月9日発表のニュースによりますと、ヤングさんによる最初の発見2002年9月3日より前の、2002年6月16日のNEATパロマーでの撮像記録に、J002E3 が写っていることがわかりました。
この発見により、観測期間は35日間からいっきょに114日間にのび、J002E3 の軌道がいっそう正確に求められました。
それによれば、J002E3 が2003年6月に地球-月近くの空間から去ってしまうことは明らかになったということで、数十年にわたり、地球や月に衝突することもないそうです。今後、再び地球をまわる軌道にもどってくる可能性があるのは2040年代半ばまでないということです。
以前にまして正確な軌道が求められましたが、それでも、過去に軌道を追跡していった場合、アポロ12号のロケットの「知られている最後の軌道」に連続しません。その理由は2つあります。ひとつは、(わずかな変化が長期にわたり積もっていく)太陽の光の圧力の影響です。これが変化しているため、長期にわたる影響がどうなるか正確にわからないのです。もうひとつは、アポロ12号の3段目ロケットだとすると、1969年当時、1年以上にわたり、地球のまわりを非常に変化の激しい軌道でまわっていたため、現在の軌道と結びつけるのが難しいという点があります。
今後さらに位置観測が蓄積されれば、軌道の正確さも増し、アポロ・ロケットの軌道との連続性が確立できるかもしれません。(資料源)
シューメーカー・レビー第9彗星の場合
1992年7月7日に木星中心から約9万6千km(木星半径の約1.3倍)まで接近した際に、木星の潮汐力によって彗星がばらばらに分解したと考えられています。
Comet Shoemaker-Levy Collision with Jupiter
Comet/Jupiter Collision FAQ
International Planetarium Society Conference Astronaut Memorial Planetarium & Observatory - Cometary Orbit
彗星と木星の衝突についてのFAQ
彗星と木星の衝突についてのFAQ
Comet Shoemaker-Levy 9 Collision with Jupiter
Post-Crash Impact Times for SL9
シューメーカーさんの死去
アポロ関連ページ: アポロ計画の写真; アポロ着陸地点; アポロ11号の記録; Apollo 30th Anniversary; Apollo Lunar Surface Journal; Apollo-11 Page; Project Apollo; Apollo 11; Project Apollo Archive; 月の情報源

水素雲の輝きから推定された太陽の活動領域
左の2つ。左が太陽の裏側、中央が表側。右は極端紫外線望遠鏡による同じ日の太陽面。いずれもSOHOによる観測。
Credit: SOHO/SWAN and SOHO/EIT (ESA and NASA)
地球から太陽方向へ約150万kmいったところから、太陽大気や太陽風を観測している「SOHO」(ソーホー)には、12種類の観測装置が積まれていますが、そのひとつにSWAN(スワン Solar Wind ANisotropies 太陽風非等方性)という装置があります。
恒星と恒星の間の広大な空間に広がっている星間ガスというものがあります。そのほとんどは水素です。そうした星間ガスのなかを、太陽系が突き進んでいるわけです。太陽系から見ると、ある方向から星間ガスがふいてくるように見えます。これらの水素原子(電気を帯びていない中性の水素原子)は、太陽からの紫外線の一部(ライマン・アルファ線)を散乱させます。その散乱光を観測しているのが SWAN です。その光が明るく観測される方向から星間ガスがふいてきている、というわけです。惑星間空間には、こうした星間ガスのふきこみによる水素原子が(1リットルに水素原子100個程度)満ちています。

巨大な水素雲スクリーンを使って、太陽の裏側からの紫外線を観測するSOHO
http://science.nasa.gov/newhome/headlines/ast23jun99%5F1.htm より。
太陽の比較的近くでは太陽の紫外線が強烈なため、水素原子の多くが電子をはぎとられています。上図のたまご型のような領域では、水素の電子がはぎとられた状態になっています。たまご型の表面あたりでは、電子をもった水素原子が多く、太陽からの紫外線があたると、ライマン・アルファ線を散乱するのです。ちょうどたまご型の表面が映画のスクリーンのようなかんじになっていますね。
このスクリーンのさしわたしはざっと、太陽-地球間程度もあるため、太陽の裏側から発生した強い紫外線も、スクリーンに映る光(散乱光)を通じて、SOHOから観測できるわけです。
こうして、SOHOは、SWANという観測装置を使って、太陽の裏側の活動領域まで観測しているわけです。
そのほか、SOHOに積まれたMDIという装置による太陽面の上下動の観測からも太陽の裏側の活動領域の有無が推定されています。
ちょうど地震波の観測から地球内部を調べるように、太陽面上下動から太陽の内部も調べられています。黒点があるような領域の強い磁場は、ガス中を伝わる音波の速さに影響を与えます。こうして、太陽面上下動の観測から、強い磁場の位置が推定されるのです。
MDIでは、太陽の裏側の活動領域の位置を割り出し、SWANではその場所がどれくらい活動的かを明らかにする、というように、お互いに補うような観測を行っています。
★ 太陽の裏側 - 最近のデータ:SWANによる / MDIによる
★ SOHOについての他のニュース
★ はまぎんこども宇宙科学館で観測した太陽像
資料
地球は大きな磁石になっていますね。
北の方角を知るのに、よくコンパス(方位磁石)を使います。
ところが、コンパスのさす北は正確な北とは限りません。「ずれ」があるのがふつうなくらいなのです。本当の北とのずれを「偏角」(へんかく)といいます。(関連ページ)
コンパスがほぼ北を指すことは11世紀頃から知られていました。16世紀の船乗りたちは、北のほうのどこかに巨大な磁石でできた山があると信じていたそうです。17世紀はじめには、イギリスのW・ギルバートが「地球が巨大な磁石である」としてコンパスの針が北を向くことを説明しました。
1839年には、ドイツのC・F・ガウスが数学的理論を使って、地球のもつ磁石の性質(地磁気)の主な原因は地球内部にあることを証明しました。
ところが、地球内部でなにがどうなって地磁気が生まれるのか、いまも十分な説明ができていません。地球内部に巨大な永久磁石があるのでしょうか?
高温になると、磁石は磁力を失います。この温度を「キュリー点」といいます。(キュリー夫人の夫、ピエール・キュリーによる発見)
地球内部は熱く、深さ20kmくらいでキュリー点に達してしまうほどです。これでは地球内部に巨大な永久磁石は存在できません。
ただひとつ可能性がある説として広く考えられているのが、「ダイナモ説」です。(ダイナモ(dynamo)とは発電機のこと)
地震波を使って地球内部のようすを探ることができます。(地球の構造を探る)
地球の核は流体で、鉄を主成分とし、電気をよく通すと考えられています。電気をよく通す流体が磁場(磁力の働いている空間)の中を動くと、電磁誘導により流体内には電流が流れ、この電流が磁場をつくります。こうして磁場がたもたれるようになる、というわけです。
コンピューターの進歩による膨大な数値計算により、地球内部に以上のようなメカニズムがはたらいて地球磁場がたもたれていることが説明できるようになってきました。(資料: 1 2 3 4 )
地球磁場をおおざっぱに、棒磁石の磁場として考えることができます。この場合、地球の中心に置かれた棒磁石は地球の自転軸から約11度傾いていることになります。(北極側にあるのがS極、南極側にあるのがN極です。ですからコンパスのN極はS極のある北を向くわけです)
磁場には向きがあります。水平面上で真北方向からのずれを「偏角」(へんかく)、水平面からの傾きを「伏角」(ふっかく)といいます。伏角が90度になっている場所が「北磁極」「南磁極」です。(世界の偏角・伏角)
そこでは、磁力線が地球の表面から垂直にのびているわけで、とてもかるーいコンパスの針なら垂直に立つわけです。
地磁気の主な原因は地球内部にあり、地球内部で何らかの変化が起これば地磁気にも変動が起きそうですね。事実、地球上の北磁極・南磁極の位置や磁場の強さは変化しているのです。
17世紀以降、日本での偏角は8度東〜6度西(現在)まで変化してきました。磁場の強さも変化してきています。
1831年、イギリスの探検家ジェームズ・クラーク・ロスは、6月1日、カナダ北部ブーシア半島の西岸、アデレード岬(下の図で ★ のある場所)において、伏角89度59分と測定し、事実上北磁極に到達したのです。
次に北磁極へ到達したのは約70年後、ノルウェーの探検家アムンゼンが1903年〜1906年にかけて、北西航路発通過を行った際です。(アムンゼンのページ)
続いて、第二次世界大戦後まもなく、カナダ政府の研究者によって北磁極の位置が測定されました。アムンゼンのときよりも約250kmも北西に移動した場所でした。(図を見てください) その後も、カナダ政府の研究者によって1962年、1973年、1984年と測定が行われ、北磁極の北西への移動が確認されました。20世紀中、平均して1年に10kmの割合で移動したことになります。
以上の4つの図はカナダ地質調査所提供
Provided by the Geological Survey of Canada
磁極の位置のことを言う場合に、「平均位置」といういいかたをすることがあります。磁極は平均位置のまわりを楕円のような形をえがいて毎日動いているのです。上の図の、内側の赤い曲線が、磁気嵐などで磁場が乱されていないときのもの、外側が磁場が乱されているときです。平均位置から80kmもずれることがあります。こうした磁極位置の日々の変動の原因は太陽にあります。
こうした短期間の変動とは別に、数十年〜数万年といった長い期間での地球磁場の変化を地磁気の永年変化(えいねんへんか)とよんでいます。そのメカニズムは地球の核の中の物質の動きに関係していると考えられていますが詳しいことはわかっていません。ときには、地磁気のS極とN極が反転してしまうような変化も知られています。 (地磁気の反転について: 1 2 )
1994年での測定では、北磁極の位置は北緯78.3度、西経104.0度、また、
2001年に行われた調査から求められた北磁極の位置は、北緯81.3度、西経110.8度でした。
最近では、移動速度が速まっているようです。(1年に15km)この分でいきますと、2004年には北磁極がカナダ国境から出てしまうことになりそうです。
ずっとこのまま、ということはないでしょうが、もしこのままのコースでいけば、北磁極はアラスカの北を通り、半世紀でシベリアに達することになります。今後の移動が注目されます。(資料)
こうした地磁気の永年変化から、地球内部のようすを探る研究も進められているそうです。
(本文で紹介した資料以外に、『パリティ』1994年11月号pp.27-34に「地磁気はどうして生まれるか?」(力武常次)を参考にしました)
地球の内部と地磁気についての関連ページ
On Creation Science and the Alleged Decay of the Earth's Magnetic Fiel
Gauss and the Global Magnetic Field