)マーズ2003火星探検車
![]()
Credit: NASA/JPL-Caltech / Credit: NASA/JPL-Caltech/Cornell
火星のコロンビア丘陵地を探査する「スピリット」
実際の火星画像(それぞれPIA07829と PIA07855)と探査機模型図を合成したものです。
着陸後の画像はこちら: スピリットとオパチュニティ
火星に到着した「マーズ2003」火星探検車(想像図)
Credit: NASA/JPL/Caltech / 各部の名称:1 2 3 / 観測機器の説明
構造図
高さ1.5m、幅2.3m、長さ1.6m、(地球での)重量174kg
火星探検車をあなたのパソコンの壁紙に!
2003年6月、ヨーロッパとアメリカがあいついで火星探査機を打ち上げました。2003年の年末から2004年1月にかけては、4つの探査機が火星上空からと火星表面で探査を開始します。 (火星探査機着陸地点総合図
探検車の名付け親「ソフィーさん」と探検車の模型
Credit: NASA/JPL/Caltech
2つの火星探検車につける名前の募集が、アメリカのこどもたちを対象に
行われ、1万近い応募の中から、シベリア出身で9歳の
ソフィー・コリスさん
による「スピリット」(Spiritの意味と発音)と「オパチュニティ」(Opportunityの意味と発音)
が選ばれました。
2001マーズ・オデッセイについで、NASAが火星に送る探査機は、2003年6月11日02時58分47秒(1号機はもともと5月31日03時28分打ち上げ予定でしたが、配線に問題があることがわかり、修理を行うため、打ち上げが6月9日にずれこみ、悪天候でさらに延期されました)と同年7月8日12時18分15秒(こちらも天候や整備で延期されていました)に打ち上げた2つの「マーズ2003火星探検車」です。
火星到着予定は、それぞれ2004年1月4日13時25分頃(地球での信号受信は約10分後の13時35分)、1月25日13時54分頃
(地球での信号受信は11分後の14時05分)
です。(資料:
1
2
3
4
5
6
7
)

2003年6月11日02時58分47秒に打ち上げられた火星探検車1号機「スピリット」


2003年7月8日12時18分15秒に打ち上げられた火星探検車2号機「オパチュニティ」
Credit: NASA/JPL/Caltech
探査機・シャトルの打ち上げビデオ集 には、スピリット"Spirit"やオパチュニティ"Opportunity" 打ち上げのようすが、ロケットに取り付けられたカメラの映像で紹介されています。
打ち上げ時の軌道
火星までの飛行経路

火星表面への降下


着陸地点(1号機が「グーセフ・クレーター」、2号機が「メリディアーニ台地」に着陸予定)



それぞれ南緯15度、南緯2度付近にある、過去に水があったと推定される場所。




グーセフ・クレーターの詳細図とメリディアーニ台地の詳細図
「グーセフ」の名は、ロシアの天文学者 Matvei Gusev (1826-1866)からとられました。「メリディアーニ」(Meridiani)の名は、そのあたりが、火星の子午線 (英語ではmeridian)近くにあることからつけられた名前です。




着陸後の想像図など
探検車の後方に着陸機が見える
横から見た探検車
岩石や土を調べる機械の腕
マーズ・ローバー2003解説CGアニメーション(MPEG 9MB)
以上4点の画像・アニメーションは Dan Maas さんにより制作されたものです。アニメーションは、最初に送られた探検車の活動から始まり、途中で2番目の探査機による大気圏突入に場面が転じます。映画のような美しい映像です。(関連ページ: 1 2 / 最新版アニメーション)
2つの火星探検車はまったく同じもので、1997年に火星に着陸した「ソジャーナー」の親戚のようです。
ソジャーナーの(地球上での)重さは11.5kgでしたが、今回の探検車は174kgもあります。高さが1.5mですから、だいたいゴルフカートくらいの大きさです。
(ソジャーナーとの比較)

2002年9月にNASAの世界最大の風洞で行われた、火星探検車を火星に降ろすパラシュートのテスト


2002年11月7日に行われた、探検車2号機の走行テストのようす

ソジャーナーと同型であるマリー・キュリーと名づけられた探検車と並ぶ今回の探検車2号機。大きさの違いがよくわかります。

着陸後、探査機を正しい向きに起こす機能をもっている「花びら構造」
(参考資料:
1
2
)
走行テスト

アルミ製の車輪(直径26cm)は、衝撃を吸収するよう「うずまき構造」になっています。砂塵の侵入をふせぐため、オレンジ色の詰め物がすきまをうめています。(資料)
以上の画像 Credit: NASA/JPL/Caltech
火星降下から着陸まで
Credit: NASA/JPL/Caltech
火星への着陸の仕方も、ソジャーナーのときと同様、「エアバッグ方式」です。1号機「スピリット」は、火星上空約130kmを11.5度の角度で火星大気圏に入ります。そのときの秒速は5.3km。次の4分間で秒速約0.43kmまでになり、グーセフ・クレーター上空8.5kmに達します。パラシュートが展開し、着地8秒前にはエアバッグが急激に膨らみます。その2秒後に逆推進ロケットが点火します。
火星表面からおよそ12m前後の高さで 3つの逆推進ロケットに点火して 落下スピードがいったんゼロになります。ここでパラシュートがはずれ、 地面に落下します。
実際の1号機「スピリット」の場合は、8.5mの高さからの落下となりましたので、2.14秒後に火星表面にぶつかったときには秒速約7.9mの スピードだったことになります。地球上であなたの上3.2mから曙さん2.3人分の質量のものが降ってくるときの衝撃です。
スピリットの場合、最初のバウンドで約8.4mの高さまでもどりました。その後27回バウンドしてようやく静止しました。 (資料)
1997年着陸のマーズ・パスファインダーや今回の火星着陸に使用されるエアバッグには、日本製のスーパー繊維が使用されています。(資料: 1 2 3 4 5 6 7 8)
地球からの微生物を火星に持ち込まないよう、念入りに滅菌処理されました。パラシュートやエアバッグなどは125度Cの温度に5時間もさらしたそうです。(資料)火星探査機の滅菌処理についてはこちらもお読みください。
★ 火星での1日 : 火星世界における「平均太陽日」24時間39分35.244秒 を sol(ソル)といいます。 (資料)
今回の探検車は、1ソルで、100mも移動することができる設計です。少なくとも90ソルの間は動けると見られています。太陽電池板に降り積もる砂塵の影響などが心配ですが、調子が良ければ、もっと長い期間動き回れるでしょう。
今回の火星探検車による探査の目的は、火星の気象・水の歴史を調べることです。各探検車は5種類の観測機器を積みます。パノラマカメラによって、周囲のようすを調べます。ソジャーナーのカメラより3倍以上も細部が写せる性能です。 赤外線で周囲を調べる装置もあり、鉱物の種類を区別します。この2種類の観測機器は探検車前方のマストの上に付けられています。
前方には、機械の腕(長さは人間の腕くらい)があり、そこに付けられた装置を岩石や土に押し当てるようにして分析を行います。岩石の少し内部を調べるため、岩石の表面を削る装置も機械の腕に付けられています。 顕微鏡も用意されています。
このページで、名前をローマ字で記入し Sign Me Up! という部分をクリックすればOKです。しめきりは2002年11月15日です。数百万人の名前をDVDに記録して、ローバーといっしょに火星へ持っていってくれるそうです。(応募状況)
続くNASAの火星探査機「マーズ・サーベイヤー2001」が、2001年4月8日0時02分21.86秒に打ち上げられました。(打ち上げ場面はこちらにも)
火星をまわる軌道にはいるのは、約200日後の、2001年10月24日11時26分の予定です。途中、5回の軌道修正を予定しています。(火星までの飛行経路)
予定通り、2001年10月24日11時26分、エンジンを点火しブレーキをかけ、火星の周りをまわる軌道に入りました! 火星の向こう側からあらわれた探査機が発する信号が11時55分には受信できました。順調のようです。これからおよそ3カ月間、火星の上層大気を通過する際のブレーキ効果で、徐々に軌道を、高度400km・周期2時間の円軌道に近づけていきます。
Credit: NASA/JPL/Caltech
2002年1月11日17時18分に推進システムを244秒間働かせたマーズ・オデッセイ探査機は、火星表面に最も近い高さで201km、最も遠い高さで500kmの軌道となりました。これまでの、火星大気によるブレーキ効果の軌道修正で、200kg以上の燃料が節約できたことなります。
マーズ・オデッセイ2001の目的は、火星表面がどんな物質でできているのかを調べることです。搭載される観測装置は3種類で、赤外線で火星の表面の鉱物の違い(赤外域での「色」が鉱物によって違います)や温度の違いを調べる装置や、土に含まれる水素などの量を調べる「ガンマ線スペクトロメーター」という装置もあります。水の成分である水素の量を調べれば、水の量の推測もできます。
火星へ向かう惑星間空間や、火星周回軌道上で、放射線を測定する装置も積まれます。
マーズ・オデッセイ2001軌道周回機は、今後予定される火星着陸機からの電波を地球に中継することにも使われるでしょう。
「2001年宇宙の旅」の作者であるアーサー・C・クラークも、この新しい計画名に賛成してくれているとのことです。
3コマの画像からつくられたアニメーションGIF。中央付近で移動している天体が木星の新衛星。2コマ目の新衛星右の像は宇宙線によるノイズ。3コマ目の下のほうには小惑星も写っています。縦横それぞれ角度の2.2分の領域が撮像されており、右が北で下が東になっています。
1999年10月から11月はじめにかけて、スペースウォッチの望遠鏡は木星近くの空に向けられていました。この頃、地球は木星に最も接近する頃であり、木星の新衛星を発見するには絶好の機会でした。
「太陽をまわる天体」と仮定したのが間違いかもしれない、というわけで、「木星をまわる衛星」と仮定したところ、計算した軌道がとてもよく合ったのです!
この天体には、木星の衛星としての暫定的な符号 S/1999 J 1 (木星(Jupiter)の、1999年に記録された1個目の新しい衛星(Satellite)の意味)がつけられました。大きさは10km程度と見られ、木星から平均して約2430万kmのところを2年ほどかけて、大きく傾いた逆向きの軌道でまわっているようです。
これで、木星の衛星数は17個となります。(2000年11月21日、ハワイ、マウナケア山頂、ハワイ大学の口径2.2m望遠鏡で、
木星の新衛星と見られる S/2000 J 1 が発見されました。直径15km程度と見られるこの天体は、木星中心から約740万kmほどの距離を130日かけて周回しています。1975年9月に観測され行方不明になっていた S/1975 J 1 である可能性が高そうです。今回の発見を含め、18個の衛星が見つかったことになります)
チリ北部のアタカマ砂漠のパラナル天文台にある、
4台の口径8.2m望遠鏡のひとつ、「アントゥー望遠鏡」(「アントゥー」とは、現地マプーチェ族のことばで「太陽」の意味)が、現地時間2000年7月28日明け方にとらえた木星の新衛星 S/1999 J 1。
国際天文学連合回報によりますと、2001年12月の、ハワイ、マウナケア山頂、カナダ-フランス-ハワイ望遠鏡(口径3.58m)に大型ディジタルカメラをとりつけて行われた観測から、11個の新衛星が発見されました。これで、木星の衛星は39個になりました。
木星の衛星としての暫定的な符号は、 S/2001 J 1, S/2001 J 2, ..., S/2001 J 11 (木星(Jupiter)の、2001年に記録された1〜11個目の新しい衛星(Satellite)の意味)がつけられました。
同じ山頂にあるハワイ大学の口径2.2m望遠鏡で確認観測を行いました。
☆ マーズ2003の解説資料(1)(222 KB 英文: Adobe Acrobat file; 読むためのソフト)
☆ マーズ2003の解説資料(2)(1.0 MB 英文: Adobe Acrobat file; 読むためのソフト)
☆ マーズ2003の解説資料(3)(0.32 MB 英文: Adobe Acrobat file; 読むためのソフト)
☆ 計画に参加している科学者たち
火星に行ってみたい!という人は、あなたの名前だけでも、探検車といっしょに火星につれていってもらいましょう。
2つの火星探検車につける名前も募集されています。しめきりは2003年1月31日。ただし、火星探検車の名前募集のほうは、アメリカのこどもたちだけが応募対象です。詳しくはこちらをごらんください。
(資料: NASA PLANS TO SEND ROVER TWINS TO MARS IN 2003; Twin Rovers Headed for Mars; It's official: Twin rovers to explore Mars in 2003; Mars Rover - NASA - JPL;
The Mars Exploration Rover Mission
)
2001マーズ・オデッセイ(旧名「マーズ・サーベイヤー2001」)
NASAが、1998年12月から1999年1月にかけて打ち上げた2つの火星探査機は、残念ながらいずれも、火星到着時に失われてしまいました。
打ち上げられたマーズ・オデッセイ軌道周回機
Credit: NASA/JPL/Caltech
打ち上げから約22分後(高度約195km)に、第2段ロケットが再点火され、小型ロケットによって3段目に回転が与えられ、3段目が切り離され点火すると、探査機は地球をまわる軌道から離れていきます。打ち上げから約31分後には、探査機本体が3段目から分離し、太陽電池版を広げます。(打ち上げ時の手順と図解。この地図に示してある「5」とある地点の上空で3段目点火)
打ち上げ時の形/火星に向かっているときの形/火星周回軌道投入時の形/大気抵抗によるブレーキをかけているときの形/観測時の形
マーズ・オデッセイ軌道周回機
立体版(赤・青のセロハンをはったメガネで見て下さい。いずれも作画: Corby J. Waste, JPL)
点検中のマーズ・オデッセイ軌道周回機
機体のしくみ
(箱形本体の大きさは長さ2.2m、高さ1.7m、幅2.6m、打ち上げ時重量758kg)
火星を約17時間でまわる軌道にはいったマーズ・オデッセイ2001軌道周回機は、3周後の推進システム点火により、周期約11時間の軌道に移ります。火星上層の大気を約273回通過するときのブレーキ効果を利用して、76日ほどかけて徐々に軌道高度をさげていき、約2時間で火星をまわる高度約400km、赤道に対する傾斜角93.1度のほぼ円軌道になります。
火星をまわる軌道に入って45日ほどで観測が始まりますが、主たる観測が始まるのは2001年の年末頃からで、期間は917日の予定です。(観測予定表)
今後数週間、徐々に軌道を修正し、高度400kmの円軌道にしていく予定です。科学観測は2月遅くに開始されるもようです。
赤外線観測する装置は、可視光でも観測できるようになっています。20km四方の火星表面の地形画像を15000枚以上撮像する予定です。火星上の、約18mのものまで識別できる画像です。
もともとは「マーズ・サーベイヤー2001」という計画名だったのですが、この探査機を打ち上げる「2001年」という年は、あの「2001年宇宙の旅」( 2001: A Space Odyssey )という作品(映画と小説)の舞台にもなった年でもあり、火星への旅にふさわしい名前にしよう、ということで、「2001マーズ・オデッセイ」という計画名に変更されました。(2000年9月28日)
☆ 2001マーズ・オデッセイの解説資料(171 KB 英文: Adobe Acrobat file; 読むためのソフト)
☆ 探査機の模型を作ろう!
★ ケネディ宇宙センターで打ち上げの準備をしているところ(写真集)
★ ケネディ宇宙センターで打ち上げの準備をしているところ(動画集)
(資料: 2001 Mars Odyssey; Mars Exploration Program; Mars Odyssey Orbiter)
発見時の画像
(Credit: Spacewatch Project / Observers: J. A. Larsen and R. S. McMillan)
アリゾナ大学の月惑星研究所では、地球に接近する天体を調査するプログラム「スペースウォッチ計画」を実施しています。
この時期、スペースウォッチにより約20等の天体が発見されました。小惑星だと思われ、仮符号 1999 UX18 もつけられましたが、計算しても、観測位置と合う軌道をもとめることができませんでした。
今後の観測から、詳しい軌道が確定するでしょう。
パラナル天文台からの観測
(Credit: The European Southern Observatory)
3コマの画像からつくられたアニメーションGIF。中央付近で移動している天体が木星の新衛星。縦横それぞれ約1.5分の角度。上が北で、左が東方向です。
国際天文学連合回報によりますと、2000年11月23日〜26日、12月5日の、ハワイ、マウナケア山頂、ハワイ大学の口径2.2m望遠鏡による観測から、新たに未発見の衛星10個が見つかったということです。ここまでで木星の衛星数は28個となりました。(観測データなど: 1、2)
2000年末までに発見された木星の衛星軌道
http://www.ifa.hawaii.edu/faculty/jewitt/jmoons/Jsats.Orbits.htmlより。
新衛星11個の軌道が緑で、それまでに見つかっていた衛星の軌道が白で示されています。
左下に、1000万kmの長さ(木星の直径の約70個分)が示されています。
地球-月間(約38万km)は、衛星イオ(Io)の軌道半径より少し小さいくらいです。
新発見の11個の衛星のひとつ S/2001 J3
2001年12月9日に撮影。左から右へ、時間経過とともに、背景の星や銀河に対して衛星(緑の円内)が移動していることがわかります。
Credit: The University of Hawaii, Institute for Astronomy
2003年7月にオーストラリアのシドニーで開催された国際天文学連合の会議で、いままで仮符号だけを持っていた木星の衛星11個、土星の衛星12個、天王星の衛星1個に、新たに固有の名前がつけられました。(国立天文台・天文ニュース)
ハワイ大学天文学研究所のシェパードさん、ジューウィットさんらのチームは、撮影した画像を高速コンピューターを使って処理し、新衛星さがしもコンピューターを使って能率的に行いました。
木星の衛星軌道(赤い軌道が11個の新衛星のもの)
Credit: The University of Hawaii, Institute for Astronomy
新衛星はいずれも、木星のまわりを、木星の自転の向きとは逆のまわりかたをしており、木星からの平均距離は、木星半径の約300個分も離れています。岩石のような表面だとしますと、直径は2〜4km程度と見られます。
ハワイ大学の口径2.2m望遠鏡で、ハワイ大学天文学研究所のシェパードさんは2002年10月31日の観測から、木星の新衛星を発見しました。これで木星の衛星数は40になりました。
(資料:IAUC 8035
MPEC 2002-Y22)
ハワイ大学天文学研究所のシェパードさん、ジューウィットさんらのチームは、
2003年2月上旬、ハワイ、マウナケア山頂にあるカナダ-フランス-ハワイ望遠鏡(口径3.58m)やすばる望遠鏡(口径8.2m)を用いた観測から、木星の新たな衛星21個を発見しました
21個の新衛星の暫定的な符号は、 S/2003 J 1, S/2003 J 2, ..., S/2003 J 21 (木星(Jupiter)の、2003年に記録された1〜21個目の新しい衛星(Satellite)の意味)となっています。これらのうち、S/2003 J1 〜J19, J21 は木星の自転の向きと逆まわりに木星をまわっていますが、S/2003 J20 は木星の自転の向きと同じようです。(木星の全衛星のデータ) これで木星の衛星数は61になりました。 (資料)
ハワイ大学天文学研究所のシェパードさんらは、 ハワイ、マウナケア山頂にあるカナダ-フランス-ハワイ望遠鏡(口径3.58m)や ハワイ大学の口径2.2m望遠鏡による2003年の観測から、 直径約2kmの新衛星2つを発見しました。 2004年1月下旬〜2月上旬に、62個目、63番目として確認されたこの2つの新衛星の暫定的な符号は、 S/2003 J 22 と S/2003 J 23 (木星(Jupiter)の、2003年に記録された22、23個目の新しい衛星(Satellite)の意味)となっています。 最近相次いで発見されている木星の新衛星の多くと同様、S/2003 J22 と J23は木星の自転の向きと逆まわりに木星をまわっています。(木星の全衛星のデータ) (資料 )
木星の自転とは逆向きに公転する、大きな楕円軌道をもつこれらの衛星はどのようにして生まれたのでしょうか?
大昔、いまよりもっと大きく広がっていた木星大気を小惑星が通過したためブレーキがかかり、木星周囲をまわることになったのか、それとも、太陽系誕生の頃、木星が周囲の物質をどんどん重力で引きつけて急速に成長していたときに、木星と並んで軌道運動していた微惑星が、木星の重力で引っぱられ、木星周囲をまわるようになったのか...
どちらのできかたにしても、太陽系誕生最初の100万年くらいの時期に起こった現象だと考えられています。
外側をまわっているこうした逆まわり衛星の軌道の特徴が、グループに分けられることを考えると、昔は数個の衛星だったのが、彗星との衝突でばらばらになってしまったのかもしれません。
今後も木星の新衛星がもっと見つかるでしょうが、軌道だけでなく、衛星の大きさや表面のようすなどもわかってくれば、衛星誕生の手がかりが得られるでしょう。
★ 木星の全衛星のデータ
★ 最近発見された木星の衛星の軌道データ
★ 各惑星の衛星数など
★ 各惑星の衛星数など
★ 木星の新衛星の名前(2002年10月31日の国立天文台・天文ニュース)
★ 国際天文学連合回報(2002年11月29日)
各惑星の衛星リスト(Satellite Fact Sheetを見てください)
おなじような事件が2000年1月19日、カナダ上空で起こっています)
いずれも20グラムから1812gという重さで、そのうちのひとつはイヌにあたってイヌを死なせてしまったという話もありますが、本当にイヌがこの隕石にあたって死んだのかは確認されていません。また、約40個のナクラ隕石の総重量は約40kgと書いてある文献が多いようですが、本当は9.9kgのようです。(資料)
ナクラ隕石の大部分はカイロ博物館のものとなっていますが、エジプト以外の研究機関でもこの隕石の研究が行われています。
ナクラ隕石に含まれている気体成分が、バイキング着陸船が調べた火星
大気の成分とよく一致することから、隕石衝突で火星から飛ばされた岩石
が宇宙空間を漂い、やがて地球に落下したと考えられています。 (こうした隕石は、火星から飛来したと考えられている3種の隕石 - Shergottite シャーゴッタイト, Nakhlite ナクライト, Chassignite シャシナイト - の頭文字からSNC(スニックと発音)隕石とよばれています)
☆ 火星から飛来した隕石について:
1、
2、
3、
4、
5、
6、
7、
8
最近の新衛星発見ラッシュについて
(資料: New moon of Jupiter found; NEW OUTER SATELLITE OF JUPITER DISCOVERED; S/1999 J 1; ESO Observations of New Moon of Jupiter; ELEVEN NEW MOONS FOR JUPITER; UH Astronomers Announce Discovery of 11 New Satellites of Jupiter; The New Outer Satellites of Jupiter
)
隕石で調べる火星の海

アリゾナ州立大学隕石センター所長のムーアさんとナクラ隕石
(Photo Credit: Arizona State University)
1911年6月11日18時頃(現時間では正午頃)、エジプト北部、アレクサンドリアのナクラ(Nakhla)近く、北緯31度19分・東経30度21分の地点に、空中爆発にともなう煙を発生させ、約40個の隕石が落下しました。(資料:
1、
2、
3)
いまから数10億年ほどまえの火星は、温暖で豊富な水があったと考えられています。水が流れたような地形
アリゾナ州立大学地質学部などの研究者チームが、ナクラ隕石を分析した結果、火星の太古の海水がしみこみ蒸発したあとの塩分と見られる成分を検出し、地球の海とよく似た成分であったらしいということがわかりました。
ゴルフボールくらいの大きさのナクラ隕石(上の写真参照)の中を注意深くドリルであなをあけ、地球の物質に汚染されていないサンプルを取り出しました。
さまざまなイオンを測定する、イオン・クロマトグラフという装置を使ってナクラ隕石のサンプルにどんなイオンが含まれているかが調べられたのです。(イオン・クロマトグラフってこんな装置:写真1、2)
その結果、水にとけやすいイオンがかなりみつかり、それらは、海水にとけていたものと考えられます。
ナトリウムや塩素が多くみつかったことも、地球の海水の塩分とよく似ています。(塩(しお)は塩化ナトリウムです)
地球の海の成分とかなりちがっていたのは、
カルシウムの量でした。ナクラ隕石からはかなりのカルシウムが見つかりました。
地球の海水中にカルシウムが少ないのは、海水中の生物(サンゴ、貝類、植物)のはたらきのせいかもしれません。
ナクラ隕石が火星を飛び出したのは12億年前と推定されています。その頃は、地球上でも生物があまり進化していませんでした。
(隕石の年代測定について:1、2)
(資料: Salty meteorite indicates Mars had Earth-like oceans; Meteorite Research Indicates Mars Had Earth-like Oceans)
☆ 隕石一般についてはこちらをごらんください。
☆ 火星起源の隕石、そして今後の火星探査計画については、こちらをごらんください。
★ 火星についてもっと詳しく知りたい人のために→<ザ・ナイン・プラネッツ - 火星のページ>
銀河の分布
オーストラリア最大の光学望遠鏡である、口径3.9mのアングロ-オーストラリア望遠鏡に、2dF(The Two Degree Field system)という複雑な観測装置を用いて、銀河のスペクトルが次々に観測されています。
2dFを使うと、2度の視野に入っている400個の天体を同時に観測することができるのです。400本の光ファイバーの位置を、ロボットアームが正確に決めます。(コンピューター画面に表示された光ファイバーの位置)
光ファイバーに導かれた銀河の光が、スペクトルを調べる分光器に入ります。
夜を通してずっと晴天のときには、2000個以上の銀河の観測記録を得ることができるというすばらしいシステムです。
アングロ-オーストラリア望遠鏡の主焦点位置に取り付けられた2dF(構造写真と図)
スペクトルの赤方偏移から視線速度をもとめ、ハッブルの法則を使って、その銀河までの距離を求めます。
2dFプロジェクトでは、2001年末までに25万個の銀河までの距離をはかる予定で、すでに観測開始から2年たたぬうちに10万個の銀河までの距離が測定できました。2dFシステムなしでは何十年もかかる作業です。
このプロジェクトの目的は、宇宙の立体地図をつくり、宇宙の構造や進化などを明らかにしていくことです。
2dFプロジェクトの成果が、一般のひとにもわかりやすいようにするため、これまでに得られた10万個の銀河までの距離データと、アングロ-オーストラリア望遠鏡で撮影された銀河の写真などを使って、銀河がどのように分布しているかを示す動画が作られました。(2000年5月5日発表)
銀河の分布(22.6MB QuickTime動画)

観測装置から始まり、銀河の分布(銀河のない広い空間は観測していない領域)、より大きな視野で見た銀河の分布(銀河が密集している大規模構造(色の部分)がわかります)、そして観測した空の場所が示されます。
(資料源:The 2dF Galaxy Redshift Survey; BBC News - Voyage through the Universe; Weighing the Universe with 100,000 galaxies
)
イヌがとびつきそうな小惑星!
1880年4月10日に、オーストリアの天文学者、ヨハン・パリサが発見した小惑星「クレオパトラ」は、他の多くの小惑星のように、火星と木星の軌道の間をまわっています。
「クレオパトラ」は火星と木星の間にある「小惑星帯(Asteroid Belt)」の中にある小惑星です。
軌道半径は地球の約2.8倍、公転周期は4.67年、大きさは端から端まで約217km、自転周期は5.385時間(資料)
発見以来、小惑星「クレオパトラ」がどんな形をしているのかはわかりませんでした。
ところが、電波で小惑星の形をさぐっている研究者らがいるのです。
プエルトリコにあるアレシボ天文台の直径305m電波望遠鏡では、小惑星に電波を当て、その反射電波を受信するというレーダー観測も行われています。
アレシボの直径305m電波望遠鏡
(Photos Credit: David Parker / Science Photo Library / Arecibo Observatory)
観測時、地球から「クレオパトラ」まで約1億7100万km。電波が往復するのに約19分かかりました。
受信された反射電波のデータは、複雑な分析プログラムにかけられ、小惑星の形が求められました。
レーダー観測から求められた小惑星「クレオパトラ」の形
(MPEG動画版 5.25MB)
Photo Credit: WSU/NAIC/JPL/NASA
なんとも奇妙な形ですね。 小惑星同士の衝突でバラバラになった破片が、互いの重力で再び寄り集まってできたものかもしれません。
あるいは、2つの小惑星が接近してまわりあってる段階で、何度も接触した結果、2つの間のすきまが破片でうまり、このような形になったのかもしれません。
反射電波は、「クレオパトラ」の表面が、月の表面のように隙間だらけのスカスカした構造であることを示しています。
反射する電波が強いことや、色から判断して、「クレオパトラ」は、主に金属(おそらく鉄・ニッケル合金)でできていると見られています。そのような小惑星はMタイプと分類されています。
かつて、もっと大きな熱い天体があり、中心部に重い金属が沈んでいき、その外側に岩石成分がとりまく構造となったのでしょう。(地球の場合も同様な構造)
小惑星同士の衝突で、中心部の破片がMタイプの小惑星になったと考えられています。(そんなひとつがたまたま地球と衝突したのが、アリゾナにある「バリンジャークレーター」なのでしょう)
「小惑星帯(Asteroid Belt)」内の小惑星の形が、レーダー観測で求められたのは今回が初めてです。(地球に接近する、一部の小惑星については、これまでもレーダー観測が行われてきました)
☆ 関連ページ:
(資料:An Asteroid Goes to the Dogs; ASTRONOMERS CATCH IMAGES OF GIANT METAL DOG BONE ASTEROID; Radar Observations of Asteroid 216 Kleopatra; Arecibo telescope captures radar images of giant, dog bone-shaped asteroid called Kleopatra; JPL Picture Archive; Lutz D. Schmadel, "Dictionary of Minor Planet Names - The Third Edition" Springer, 1997; Adrian Room, "Dictionary of Astronomical Names" Routledge, 1988
)
天王星・海王星にダイヤモンドの雨!?
海王星内部の想像図
(Credit: University of California, Berkeley)
天王星や 海王星の外層大気(水素・ヘリウム。図の黄色で示した部分)の下には、メタン(CH4)が10〜15%も含まれていると考えられています。そこでは、たいへんな高温と圧力にさらされるわけで、どのような化学反応が起こっているか興味がもたれています。
カリフォルニア大学バークレー校の研究チームは、天王星や海王星の内部を再現しようと、液体窒素によって冷却された液体メタンに、地球上の大気圧の10万倍〜50万倍の圧力をかけたのです。その圧縮されたメタンに、赤外線レーザーをあて、2000〜3000度に熱したところ、ダイヤモンドの粒子ができたのです!
高温によりメタン(CH4)は炭素(C)と水素(H)に分解し、高圧により炭素はダイヤモンドに固められたというわけです。
天王星や海王星では、半径の10分の1程度という、比較的表面に近いところでダイヤモンドができているという研究もあります。天王星・海王星の大気のなかを、雨のように降るダイヤモンドのようすが、将来の探査機で見つかるかもしれません。
(資料: カリフォルニア大学バークレー校 広報資料; SpaceViews)
★ はまぎんこども宇宙科学館サイエンスショーの液体窒素を使った実験
14年ぶりに再発見された天王星の2衛星

ボイジャー2号が1986年1月21日に撮影したエプシロン・リングと2つの羊飼い衛星「コーディーリア」と「オフィーリア」
(Credit: NASA/JPL/Caltech)
天王星(てんのうせい)にリングがあることは、1977年3月の観測でわかりました。
このとき、恒星の手前を天王星が横切ったのですが、天王星が横切る直前と直後にそれぞれ5回、恒星の光が弱まったのです。これは天王星に少なくとも5本のリングが存在するためだと解釈されました。その後の同様な観測から、9本のリングの存在が示されました。(ボイジャー2号の観測で見つかった新たな2本を加え、11本のリングに名前がつけられています)
このリングの存在が確認されたのが、ボイジャー2号による1986年1月25日03時頃の天王星接近前後での観測でした。これまでの観測でつきとめられたリングの間にも希薄なリングが存在していました。
また、このときの観測から、天王星の新衛星が11個(1985 Uなんとかとか、1986 Uなんとかと書いてある衛星がそれです)発見されました。
この2つの衛星の軌道の間にエプシロン・リングがあります。上の写真でも、その状況がわかります。
こちらのページでは、はじめの2枚の写真が、ボイジャー2号によるコーディーリアとオフィーリアの写真です。それぞれの写真で、そばに写っている明るいリングが「エプシロン・リング」です。

ハッブル・スペーステレスコープがとらえた天王星のリングと衛星(英文解説: 1、2; http://www.stsci.edu/ より)
(Photo Credit: Kenneth Seidelmann, U. S. Naval Observatory, AURA/STScI and NASA)
リングのすぐ内側と外側に衛星があり、それらの重力の働きが、リングの粒子を狭い範囲にかこいこんでいるようなのです。
内側をまわっている衛星ほど速いスピードで軌道をまわっています。リングのすぐ内側をまわる衛星は、リング粒子をどんどん追い越しながら重力でひっぱり加速します。すると、粒子の軌道はすこし広がります。
いっぽう、すぐ外側をまわる衛星はリング粒子にどんどん追い抜かれながら、重力でひっぱり粒子を減速します。すると、勢いが減るので粒子の軌道はすこし小さくなります。
こうして、2つの衛星がリング粒子を、まるで羊飼いのように囲いこんでいるのです。(土星のFリングを囲いこんでいる2つの衛星(プロメテウスとパンドラ)もあります。〜このような働きをしている衛星を「羊飼い衛星」といいます)
ところが、ボイジャー2号によるこれらの衛星の観測は2週間ほどしかなかったため、コーディーリアとオフィーリアの正確な軌道を求めることができず、ボイジャー2号の観測以来、これらはゆくえ不明になってしまったのです。当時の地上の観測設備では、はるか遠方の30kmしかない天体をさがしだすのは不可能でした。
しかし今は、暗い天体まで、大気の影響をまったく受けず、細部まで観測できるハッブル・スペーステレスコープが使えます。ハッブル・スペーステレスコープで1997年に撮影された画像を、2000年2月に調査した研究者がいました。ボイジャーが観測したような軌道でうごくものが写っていないかどうかを丹念に調べたのです。
その努力が報われ、アリゾナ大学・月惑星研究所のエリック・カーコシュカさんは、14年ぶりにオフィーリアを見つけました!
でもコーディリアはゆくえ不明のままでした。
そうしたカーコシュカさんの調査とは別に、ウェズリー大学のリチャード・フレンチさんとコーネル大学のフィリップ・ニコルソンさんらは、天王星のリングが恒星の光を覆う現象(1977年以来の)のデータを分析していました。
直接、ゆくえ不明の衛星をさがすのではなく、ゆくえ不明の衛星がエプシロン・リングに与える影響、つまり重力でリングに生じるはずの変形をさがそうとしていたのです。
彼らもつきとめました! エプシロン・リングの縁にさざなみのような変形が生じていることを見つけたのです。その波のパターンは、オフィーリアやコーディリアの軌道周期と関係して、リング上を移動していくはずです。
2人の研究者は、この2つの衛星の軌道周期を、ボイジャーのときよりはるかに正確に計算することができました。
こうして彼らの予測したオフィーリアの位置は、カーコシュカさんが見つけた位置にかなり近いところだったのです。フレンチさんは、コーディリアの予測位置をカーコシュカさんに伝え、カーコシュカさんは再びハッブル画像を調べ始めました。
まさに、その予測された位置にコーディリアは見つかったのです!
(資料: Shepherd Moons, Lost and Found; For the first time in 14 years, astronomers from Arizona, Cornell and Wellesley spot two 'shepherd' Uranian moons)
★ 関連ページ
カナダ上空の大流星
大流星のあとに残った雲
動画版
(カナダ、ブリティッシュコロンビアで撮影された大流星の残した雲。14分間の変化)http://www.atlinrealty.com/news3.htmlより。
写真集ページ
2000年1月19日01時45分(現地時間では太平洋標準時1月18日08時45分)、カナダ北西部の、ユーコン地方、ホワイトホース付近上空で、ものすごい大流星が現れました。(ユーコン地方拡大図)
アメリカの軍事衛星によってもこの大流星は観測され、各地の地震計にも大気の振動が記録されました。そうした観測によりますと、直径約6m、重さ200トンもあるミニ小惑星が秒速15〜16kmのスピードで地球大気に突入し、北緯60.25度、西経134.65度、地上25kmの高さで爆発したようです。爆発の規模は、TNT火薬2000〜3000トンくらいであったと見られています。(比較のため、広島原爆はTNT火薬約15000トンの規模であり、1908年、シベリア上空で起こった爆発の規模は、TNT火薬約2000万トンといわれています)
アラスカやユーコン地方の住民によると、窓が振動し、2度の轟音や、ジューという音がしたほか、(今回の事件と関係があるのかわかりませんが)事件後数時間にわたり悪臭があったそうです。被害などは報告されていません。あとに残った煙は1時間半も空に見えていました。
事件から3日後、爆発あとに散らばった細かい塵を採取するため、NASAのドライデン飛行研究センターからER-2が飛び立ち、現地上空約2万mの空を飛びました。地上にクレーターのあとがないか、空中爆発によって地上への影響がなかったかなどを調べるため、空から地上の撮影も行われました。
採取されたサンプルは、NASAのジョンソン宇宙センターで分析されることになっています。
どんな物質だったのか、大気圏に突入した物体のてがかりがつかめるかもしれません。
2000年1月25日、タギッシュ湖(Tagish Lake。 北緯59度56分、西経134度37分)のこおりついた湖面を車で横断していた、近くに住むアマチュア天文家ジム・ブルックさんは、雪に埋もれていたその破片と思われる物体を発見しました。
表面の融けたようなようすや、氷の上に岩があるのはおかしい、というので隕石かもしれないと考えたそうです。夕闇がせまってきたので、それ以上さがすのはやめ、翌朝にもその場所に来て周囲をさがしました。25日遅くと26日朝の、数時間(90分という資料もあります)の間に数10個、およそ1kg分が発見が発見されました。
彼はきれいなプラスチック製の袋にいれ冷蔵保管し、カリガリー大学とカナダ地質調査所の国立隕石コレクションに貸し出しました。その一部が分析のため、ジョンソン宇宙センターに送られ、分析が進められています。
隕石の正式な名前は、落下した地名からとられることになっていますので、今回の隕石は「タギッシュ湖隕石」(the Tagish Lake Meteorite)となるそうです。
この「タギッシュ湖隕石」は、知られている落下隕石の約2%という、めずらしい隕石、「炭素質コンドライト」であることがわかりました。まだ硫黄のようなにおいがするということです。
「タギッシュ湖隕石」には、重さにして6%も炭素が含まれていますが、他の「炭素質コンドライト」では2%くらいです。「タギッシュ湖隕石」には炭素化合物が豊富であることがわかります。
2000年4月20日〜5月8日の現地調査でも、氷の中から200個以上(全体で5〜10kg)が回収され、最も大きなものは200〜300グラムありました。太陽光であたたまった黒っぽい隕石は、湖面の氷の中に埋まっていきます。これをチェンソーをつかってとりだしているのです。
氷の中からとりだされた隕石破片(隕石破片の発見位置)
(Credit: the University of Calgary)
5月8日には氷の状態が安全とはいえなくなったため、調査が打ち切られました。5月28日には氷がなくなり、残る隕石は湖底に沈んだとみられます。周囲の陸地からも今後隕石破片が見つかるかもしれません。
落下直後に回収された「炭素質コンドライト」は、1969年オーストラリアに落下した「マーチソン隕石」以来のことです。
ジョンソン宇宙センターでサンプルが分析されているタギッシュ湖隕石
(Credit: NASA/JSC)
不純物が入り込まないよう、窒素で満たされた袋に入れられています。
タギッシュ湖隕石と、ほかの炭素質コンドライト隕石
(Credit: NASA/JSC)
左は、1969年メキシコに落下した「アイェンデ隕石」。右は同じ1969年にオーストラリアに落下した「マーチソン隕石」。
関連ページ
☆ カナダの地名検索
巨大望遠鏡の解像度アップ!
ケック天文台の2つのドーム
(中央の2つに、うりふたつの巨大望遠鏡がおさめられています。その右は日本の国立天文台のすばる望遠鏡ドーム。 Photo Credit: JPL/Caltech/NASA)
口径10mという巨大望遠鏡を2台有するケック天文台は、観測条件のよいハワイ、マウナケア山頂にあります。
口径の大きな望遠鏡ほど、多くの光を取り込むことができ、暗い天体まで見えます。また、口径が大きいほど、天体の細部まで判別できるようになります。
しかし、大気の乱れによって星の像がゆらいでしまうという問題があるため、巨大望遠鏡の性能をフルに発揮できません。この問題を解決するため、「波面補償光学」(アダプティヴ・オプティクス)という新しい観測技術が研究開発されています。
大気を通ってかげろうのように乱れた天体の光の波をきれいに整えようという光学技術です。(能動光学や波面補償光学について)
ケック望遠鏡でも、1999年に波面補償光学の装置が導入され、試験観測が始まりました。その成果が発表されています。1999年11月の観測では、木星の衛星「イオ」の火山噴煙までとらえています。
ケック望遠鏡がとらえたイオとガリレオ探査機によるイオ画像の比較
(Credit: W.M. Keck Observatory/Adaptive Optics team
http://www2.keck.hawaii.edu:3636/realpublic/gen_info/news/Ioeruptuu.htmlより)
上段中央は、ガリレオ探査機によるイオ画像ですが、上段右のケックによる画像と比べてみてください。地上の望遠鏡から、これだけイオの表面が判別できるとはおどろきです! イオの左上に噴煙が写っています。
下段の3つの画像は、ケック望遠鏡による、赤外域の画像で、これらを合成し、画像処理した結果が上段右の画像です。
2000年後半には、もう1台のケック望遠鏡にも波面補償光学装置が取り付けられる予定で、これら2台の画像を合成すれば、さらに細部が見えそうです。(ケックIIに波面補償光学装置を付けて観測した最初が1999年2月5日で、ケックIで観測されたのが2000年12月13日です)
ケックIIに導入された波面補償光学装置で撮像された天王星と海王星。


2001年12月のイオ
(Photo Credit: ESO)
チリ北部のアタカマ砂漠のパラナル天文台にある、4台の口径8.2m望遠鏡のひとつ、「イェプン望遠鏡」(「イェプン」とは、現地マプーチェ族のことばで「金星」の意味)が、2001年12月8日に、赤外線で観測したイオの画像です。
このときの、イオの(見かけの)大きさは角度の約1.2秒(1秒は1/3600度)にすぎませんが、大気のゆらぎの影響を補正する「波面補償光学」という技術を使った観測装置も使われており、イオの表面のようすがわかります。右の画像には、緯度経度目盛りと主な地形名が書き込まれています。

(Credit: W.M. Keck Observatory/Adaptive Optics team
http://www2.keck.hawaii.edu:3636/news/io.htmlより)
2001年12月、6夜にわたり、ケックIIに波面補償光学装置をつけてイオの表面が観測されました。上の4枚の画像のうち、左上と
左下がそのときのもので、いずれも赤外域の画像。
左下のほうが、波長のよりながい赤外域の画像のため、細かい部分はぼけてしまっていますが、温度の高い、火山活動の活発な場所がわかります。中央の火山はロキ。
左上の像では、100〜200kmくらいの大きさのものまで識別できます。これはおよそ3000km(東京-沖縄・那覇間の約2倍)離れた車の左右のヘッドライトが区別できる能力に相当します! 右上の画像はガリレオ探査機による画像です。比較して見てください。
そして右下の画像は、波面補償光学装置を使わなかった場合の画像です!

http://astron.berkeley.edu/%7Efmarchis/Science/Io/PressRelease/ より
2001年2月、ケックIIに波面補償光学装置をつけてイオの表面が観測されました。上段が2月20日のようす、下段が22日のようすです。左3コマの写真は、赤外線の3つの波長域で撮影されたものです。右端の画像は、観測時のイオのようすをガリレオ探査機による地図で作成したものです。
20日には兆しすらほとんどなかったところがいきなり噴火しました。この噴火は(地球も含め)観測史上最大のものといえそうで、イオの他の全域から出る熱を合計したくらいあったようです。
噴火した場所付近には 「スルト」(Surt 北欧神話からとられた名。 北緯45.5度, 西経337.9度) という火山があります。この火山が噴火した可能性があります。
噴出した溶岩の温度は約1500度と見られ、地球上の火山で見られる溶岩の温度とさほど変わりません。
★ 波面補償光学についての解説ページ
世界の巨大光学望遠鏡
The Future of Filled Apertuure Telescopes: Is a 100m Feasible?
Extremely Large Telescopes
The Telescope
天文学者らが、その実現に向けて研究を進めていましたが、十分な予算がなく、実用にはいたっていませんでした。そのいっぽう、 アメリカでは、地上に設置した望遠鏡で、他国の軍事用衛星の形状を調べる、といった目的から予算を使って、極秘にこの技術開発をすすめ、1989年2月に装置を完成させました。このシステムの開発を行ってきた研究者たちの2年にわたる熱心な働きかけが実り、技術の公表がついに許可され、1991年5月のアメリカ天文学会で発表されました。世界の天文学者は、「波面補償光学」の技術がすでに実現していたことをこのとき初めて知ったのでした。
「波面補償光学」の技術は、現在、世界中の大型望遠鏡で採用されはじめています。
(資料 Mark Sincell, 'Making the Stars Stand Still', Astronomy, June, 2000, pp. 42-47)
★
レーザーガイド補償光学のファーストライト成功 〜すばる望遠鏡の視力を10倍
にするレーザーガイド補償光学!〜
地上で点検中のコンプトン・ガンマ線観測衛星(よく見ると人がいます)とシャトルの腕につかまれた同衛星
大きさは9.1m x 4.6m。重さは約17トン。構造図
(Photo Credit: NASA)
コンプトン・ガンマ線観測衛星(GRO)は、1991年4月打ち上げのスペースシャトル「アトランティス」により軌道に放出されました。(コンプトン・ガンマ線観測衛星の組立てから打ち上げまでの歴史)
1999年12月6日、3つのジャイロスコープのうち、ひとつが故障しました。 ジャイロスコープは、衛星の向きを正確に定めるのに必要なものです。
残る2つだけでもだいじょうぶなのですが、もし、もうひとつも故障すると、衛星の向きがわからなくなるという心配があります。そうなると、天体観測もできなくなります。
上空のきわめて薄い大気の中を飛んでいるコンプトン・ガンマ線観測衛星は、大気にぶつかりながら飛んでいるため、勢いを失っていき、軌道の高さが低くなっていきます。衛星の向きによって、ぶつかる大気のブレーキ効果も違います。
コンプトン・ガンマ線観測衛星のような17トンもある巨大な衛星が落ちてくると、大気圏で燃え尽きずに、一部の破片が地上に落下する危険があります。破片は、幅26km、長さ4100km(比較のため、東京-沖縄間が約1500kmの長さ)という広さにわたって落下するという見積もりがあります。この衛星の場合、落下する可能性があるのは、北緯28.5度と南緯28.5度の間になります。誰もいないような、遠い海上に落下させるためには、衛星の向きをコントロールしておく必要があります。
NASAでは、もうひとつのジャイロスコープがこわれても、ほかの搭載機器を使って衛星の向きをコントロールできないか調査をしています。もし、そのような方法があれば、ジャイロスコープがもうひとつ故障するまで天体観測を続けることができるかもしれません。もし、そのような方法がなければ、衛星の姿勢がコントロールできるいまのうちに、安全に落下させる必要があります。
残る2つのジャイロのうち、もうひとつが今後3年以内に故障する確率は10%と予想されています。
2000年3月23日(現地時間)、NASAは、安全性を優先し、2つのジャイロが使える今のうちに、コンプトン・ガンマ線観測衛星を安全に落下させることを決定しました。
コンプトン・ガンマ線観測衛星には、安全な大気圏突入を誘導するため、燃料が500kg以上残されています。予定では、観測を2000年5月26日に終了させます。5月31日10時54分に、ロケットをふかし最初のブレーキ操作を行い、地表からの高さ512kmと356kmの楕円軌道にし、2回目(6月1日11時41分)のブレーキ操作で、近地点高度を253kmにします。6月4日14時37分には3回目のブレーキ操作を行い、近地点高度を150kmに下げ、その1周後(約90分後の16時05分)には4度目のブレーキ操作を行い大気圏突入に誘導します。
各操作後の状況については、こちらのページやこちらのページ、あるいはこちらのページで発表されました。
高度70〜84kmの高さで分解が始まると予測されていますが、大きな衛星なので、完全に燃え尽きることはなく、約20kg以上の破片30個〜40個が地上(海上)に達するものと予想されています。大小の破片が散乱する予想範囲は、ハワイの南東約4000kmからはじまり、西経約120度の赤道を北西から南東に横切り、ガラパゴス諸島の南約1090km付近でおわる夜間の領域です。
2つのジャイロが働いているときならば、この領域外に出る確率は2万9千分の1程度ですが、もうひとつが故障した場合には4100分の1くらいになるということです。
★ AEOSがとらえたコンプトン衛星(コンプトン衛星について)
2回目のブレーキ操作は、6月1日11時36分に始まり26分間行われました。この結果、近地点高度が364kmから250kmになりました。
大気圏突入コースの調整のため、3回目と4回目の予定が変わり、それぞれ6月4日13時頃、14時30分となりました。洋上落下は15時20分頃となるもようです。
3回目のブレーキ操作は、6月4日13時から21分28秒間行われ、4回目(最終)が14時22分21秒から30分間行われました。同日15時10分(高度約110km)において大気圏突入したと見られ機体が回転しはじめ、その30秒後には通信が途絶えました。ハワイ南東約3900kmの海上に落下したと見られています。
コンプトン衛星落下のようす(実写ビデオ)
(本文中の図の Credit: NASA ー リンク先を除く)
(資料: BBC News; CNN News; UPI News; Florida Today(1); Spaceflight Now(1); Florida Today(2); Space Science News; NASA'S SUCCESSFUL COMPTON GAMMA-RAY TELESCOPE MISSION COMES TO AN END; COMPTON GAMMA RAY OBSERVATORY RE-ENTRY ACTIVITIES; Spaceflight Now(2); NEWS AND COMMENT by Dave Ransom
)
1999年12月5日、アメリカの大火球
1999年12月5日19時頃(現地時間では早朝04時頃)、アメリカ、アラバマ州付近上空に、猛烈な明るさの流星が現れました。暗い地上は真昼のように照らし出され、家のなかで寝ていた人々も、窓からの光や衝撃波のような音で目が覚めてしまったということです。
地元警察には問い合わせの電話が殺到しました。
長く大きな尾をひくその白い火の玉は、夜空を横切っていき、やや間をおいてから爆発するような音がしたということで、明るい光は、およそ10秒ほどで消え、音は窓ガラスを振動させたほどだったということです。
監視カメラがとらえた「真昼のように照らされた街路」や詳しい情報はこちら。
☆ 関連ニュース: 流星の音
小惑星の衛星発見
1998年11月1日〜10日にかけての5夜、ハワイ、マウナケア山頂にある、カナダ-フランス-ハワイ望遠鏡の口径3.58m望遠鏡による観測から、小惑星「ウジェニア」に衛星が見つかりました。
これまでも、地上の大型望遠鏡やハッブル・スペーステレスコープによる、小惑星の衛星さがしが行われたことがありましたが、成功しませんでした。(小惑星の手前を衛星が横切ることによる、小惑星の減光を観測した例)
今回は、大気の乱れによって星の像がゆらいでしまうという問題を解決するため、「
波面補償光学」(アダプティヴ・オプティックス)という新しい観測技術が使われました。
大気を通ってかげろうのように乱れた天体の光の波をきれいに整えようという光学技術です。( 能動光学や波面補償光学について)
こうして、シャープな天体像が得られたことが今回の発見につながりました。
「ウジェニア」は火星と木星の間にある「小惑星帯(Asteroid Belt)の中にある小惑星です。
軌道半径は地球の約2.7倍、公転周期は4.49年、直径は214km、自転周期は5.699時間(資料)
「ウジェニアの衛星」発見時の画像
1998年11月1日に観測された画像(画像処理をしていない生画像)。時計の文字盤の10時半の方向に見えるものが衛星。
5夜の観測画像を合成したもの
1998年11月1、6、7、9、10日の5夜の赤外観測で得られた画像を1枚に合成したものです。5つの観測位置が、衛星軌道(緑で示してあります)に沿って並んでいます。この衛星の大きさは13kmと見積もられています。小惑星の中心から約1200kmのところを約4.7日で一周しています。軌道の面を斜め45度くらいから見ているため、ほぼ円軌道なのが、楕円に見えています。衛星は、この画像で、時計回りに小惑星をまわっていることになります。(公転運動のGIFアニメーション)
周囲に見えている十字形は、観測装置によるもので実際に存在するものではありません。
衛星は、中心の小惑星にくらべ、明るさは285分の1しかありません。小惑星からは角度にして0.77秒(1秒は1度の3600分の1。空の月や太陽が約0.5度の大きさ)、この小惑星5個分くらいしか離れていないのです。
画像処理によって、明るさに違いについては、ある程度見やすく調整できますが、両天体の間のわずかな角度を見分けるには「波面補償光学」(アダプティヴ・オプティックス)という新しい観測技術が必要だったのです。
Photo Credit: Laird Close (European Southern Observatory, Munich, Germany), Bill Merline (Southwest Research Institute, Boulder, CO, USA) Astronomers Discover Moon Orbiting Asteroid より。
さて、小惑星に衛星がみつかると、衛星の軌道半径と公転周期から、ケプラーの第3法則を使って、小惑星の質量を求めることができます。質量を体積で割れば平均密度がでます。なんと、「ウジェニア」の平均密度は水の1.2倍しかなかったのです! たいていの小惑星は暗い色調で、いかにも岩石(水の密度の約3倍)っぽいのですが......
「ウジェニア」は中身がスカスカなのでしょうか? それとも中身がほとんど氷なのでしょうか?
これまでにも、中身がスカスカらしい小惑星が見つかっています。
今回のように、ほかの小惑星についても衛星が見つかっていけば、小惑星のなかみが何でできているか、どうなっているのかについて重要な情報が集まるわけです。
今回見つかった衛星には、まだ正式な固有名がついていませんので、 S/1998(45)1 という仮符号がつけられました。登録番号45番の小惑星(「ウジェニア」)に、1998年で1番目に見つかった衛星("S" は Satellite 衛星の S)という意味です。正式な固有名は国際天文学連合が命名します。
なお、小惑星に衛星が見つかったのはこれで2番目です。初めて小惑星に衛星が見つかったのは1993年のことです。ガリレオ探査機による接近観測から、小惑星「イーダ」(英語読みではアイダ)に衛星「ダクティル」が見つかりました。
1970年代から、一部の小惑星に衛星があるのではないか、という議論がありました。小惑星によって恒星がかくされる現象(恒星の手前を小惑星が通る)の時、「衛星がある」と解釈できるような減光が、ときどき報告されていたのです。(資料: Tom Gehrels (ed.), "Asteroids" the Univ. of Arizona Press, 1979)
☆ 「ウジェニア」の名は、ナポレオン三世の后「ウジェニー」からとられたものです。この小惑星は1857年6月27日にパリでH・ゴールドシュミットが発見した小惑星です。それまで小惑星には神の名がつけられていたのですが、人間の名がつけられた初めての例となりました。(資料: Lutz D. Schmadel, "Dictionary of Minor Planet Names - The Third Edition" Springer, 1997; Adrian Room, "Dictionary of Astronomical Names" Routledge, 1988 /
ナポレオン三世と家族
(王妃ウジェニーについて: 1、2
)
2000年8月7日〜18日にかけて、イギリスのマンチェスター(北緯53度30分、西経2度15分付近)で開かれた、国際天文学連合、第24回総会で、 「ウジェニア」に見つかった衛星の名前は、ウジェニアの由来である、ナポレオン三世の后「ウジェニー」の息子ルイ・ナポレオンにちなみ、 "Petit-Prince" (プチ・プランス 小さな王子)と名づけられました。(2000年8月15日発表)
☆ 関連ページ:
ケプラーについて: ケプラーによるホロスコープ; 第1、2法則(Java applet); 第3法則(Java applet); ケプラーの法則
(資料: Astronomers Discover Moon Orbiting Asteroid; 国際天文学連合回報; Window to the past: Moon found around asteroid; Astronomers Find Moon Orbiting Asteroid; 国立天文台ニュース)
波面補償光学を用いた大型望遠鏡の成果が続いています!
2000年2月22日、ハワイ、マウナケア山頂にある、カナダ-フランス-ハワイ望遠鏡の口径3.58m望遠鏡による観測から、小惑星「プルコワ」に衛星が見つかりました。(「プルコワ」は、ロシアの有名な天文台がある場所の地名から。1913年9月に発見)
「プルコワ」の衛星は、約140kmの大きさの「プルコワ」より約4等暗く、直径は20kmくらいではないかと見られています。「プルコワ」中心から約800kmのところを4.0日かかって周回しています。
2000年8月10日には、同じマウナケア山頂にある、
口径10mという巨大望遠鏡を2台有するケック天文台の「ケックII」を使った観測から、小惑星「アンティオーペ」にも衛星が見つかりました。(「アンティオーペ」は、ギリシャ神話のアマゾンの女王の名から。1866年10月に発見)
アレシボ天文台からのレーダー観測によって、2000 DP107という小惑星にも衛星が見つかりました。それぞれの直径は800mと300mで、それぞれの中心は2.6km離れて1.77日の周期でまわりあっているということです。(資料: 国立天文台ニュース; 国際天文学連合回報)
2001年5月21日〜23日に、アメリカ・カリフォルニア州ゴールドストーンにある直径70mのレーダーアンテナでとらえられた小惑星 1999 KW4 のようすです。
平均直径約1.2kmの本体のまわりを、その3分の1ほどの衛星が、少なくとも2km離れて16時間ほどでまわっていることがわかりました。
本体の方も重心のまわりをまわっているはずなのですが、あまり目立ちません。ただ、よく見ると、本体の縁が2重のように写っているコマがありますね。
2001年5月26日08時31分頃には、地球から約485万km(月までの約13倍)の距離まで接近していました。(今後の地球への接近データ)
1999 KW4 の軌道は、水星・金星・地球の軌道を横切っており、(地球軌道面に対する)軌道の傾きも大きく、まるで彗星の軌道のようです。太陽に何度も接近するうちに、氷成分を失った「彗星のなれのはて」かもしれません。(資料)
2001年8月29日、ハワイ、 マウナケア山頂にある、口径10mという巨大望遠鏡を2台有するケック天文台の「ケックII」を使った観測から、小惑星「カリオペ」
にも衛星が見つかりました。(「カリオペ」は、ギリシャ神話のムーサイのひとりの名前。カリオペの息子が、こと座でおなじみのオルフェウス)
小惑星「カリオペ」は1852年11月16日にイギリスで発見されました。火星と木星の軌道の間にある「小惑星帯」(しょうわくせいたい。小惑星の多くが小惑星帯をまわっています)の中にある小惑星です。「カリオペ」の直径は約180km。発見時、衛星は「カリオペ」からおよそ1000km離れたところにありました。「カリオペ」と衛星の明るさの比は23倍くらいということです。「カリオペ」と衛星の表面が同じようなものでできており、いずれも球形と仮定しますと、衛星の直径はおよそ35kmくらいと見積もることができます。
どちらの観測でも、「波面補償光学」の観測装置が使われました。天体像の細部まで観測できる技術です。
今回発見された衛星には、S/2001(22)1 という仮符号がつけられました。登録番号22番の小惑星(「カリオペ」)に、2001年で1番目に見つかった衛星("S" は Satellite 衛星の S)という意味です。正式な固有名は国際天文学連合が命名します。
「カリオペ」が金属に富む小惑星か、石質の小惑星かは、質量が求められればわかります。質量を体積で割れば密度が出、どんなもので出来ているのかけんとうがつくからです。
小惑星に衛星がみつかると、衛星の軌道半径と公転周期から、ケプラーの第3法則を使って、小惑星の質量を求めることができます。今後、衛星の軌道運動の観測が行われるでしょう。
この彗星が地球軌道面を通過してから約40日後、地球がその場所を通過しました。「リニア彗星」の軌道から0.0115天文単位(月までの約4.5倍)の場所を地球が通過したのです。地球が「リニア彗星」の軌道に最も近づくのは、1999年11月12日04時41分頃でした。彗星が軌道にばらまいた塵が流星群として見られるかも! と期待されたのですが、それらしき流星はほとんど観測されませんでした。
★ さらに2つの小惑星に衛星発見!
2000年2月22日に観測された小惑星「プルコワ」とその衛星
(http://www.boulder.swri.edu/merline/press/より)
2000年8月に観測された小惑星「アンティオーペ」(アニメーションGIF)
(http://www.boulder.swri.edu/merline/press/より)
ただし、「アンティオーペ」の衛星は、「アンティオーペ」本体とほぼ同じ明るさであるため、それぞれが約85kmの直径と見られています。「連小惑星」(れんしょうわくせい)ともいうべきペア天体です。
このペアは、それぞれの中心が170kmしか離れていません。約16.5時間の周期で互いにまわりあっています。2天体の間がかろうじてつながっている可能性もあります。
(資料: Discovery of Companions to Asteroids 762 Pulcova and 90 Antiope by Direct Imaging; SKY & TELESCOPE - Current Astronomical News)
★ さらに!また小惑星に衛星発見!
レーダーでとらえた 小惑星 1999 KW4 のすがた
http://echo.jpl.nasa.gov/~ostro/kw4/index.htmlより
3コマとも、数時間にわたりレーダーの反射波を受信した結果です。衛星が本体のまわりを動いたあとがそのまま画像になっています。本体は大きいだけでなく、かなり速く自転しているため、よけい大きく写っています。
軌道の大きさや周期、重心からそれぞれの天体までの距離がわかれば、ケプラーの第3法則を使って、これら2天体の質量が判明します。さらに天体の大きさから平均密度も求められ、どんなものでできているかのけんとうがつくでしょう。
小惑星 1999 KW4 の軌道
(3D orbit visualization tool で作図)
さらに!さらに!小惑星の衛星発見!
小惑星 カリオペ の軌道
(3D orbit visualization tool で作図)
2001年9月2日、同じく、ハワイ、 マウナケア山頂にあるカナダ-フランス-ハワイ望遠鏡(口径3.58m)による画像からも「カリオペ」の衛星が観測されました。
こんなに見つかった「衛星をもつ小惑星・連小惑星」
(資料: 国際天文学連合回報; SKY & TELESCOPE News - September 7, 2001; 国立天文台・天文ニュース
)
ちょっと期待された「リニア流星群」
1999年5月12日、アメリカ、ニューメキシコ州にある観測所(マサチューセッツ工科大学のリンカン研究所による地球接近小惑星研究計画「リニア」(Lincoln Near Earth Asteroid Research)の観測施設)の口径1m望遠鏡で発見された「リニア彗星」は、太陽から0.977天文単位の距離を1998年9月20日に接近、通過していきました。(リニア彗星の軌道図。金星・地球・火星の軌道とともに示してあります。上から下に貫くような曲線が「リニア彗星」の軌道。軌道データ。太陽をまわる周期はおよそ63000年)
もし現れたとすると、放射点はこの図の真ん中、北斗七星の中央付近(γ星のそば)になったはずです。この時刻の頃、日本は月明かりもなく放射点も高いという好条件にめぐまれていました。